塾の総合評価:
回答日:2026年7月3日
宮城県仙台第二高等学校が志望校の個別指導塾トライプラス 仙台榴ケ岡校の通塾体験口コミ(生徒 / ミサトさん)
目次
保護者プロフィール
回答者:
本人(未回答)
お住まい:
宮城県
世帯年収:
未回答
生徒プロフィール
通っていた学校種別:
公立
教室:
個別指導塾トライプラス 仙台榴ケ岡校
通塾期間:
2023年7月〜2024年6月
通塾頻度:
その他
塾に通っていた目的:
学校の学習の補習
志望していた学校
成績について
入塾時の成績/偏差値:
55
(みやぎ模試)
卒塾時の成績/偏差値:
60
(みやぎ模試)
費用について
塾にかかった月額費用:
わからない
塾にかかった年間費用:
わからない
塾にかかった年間費用の内訳
分かりません。
この塾に決めた理由
友人が通塾しており、それに便乗する形で入塾致しました。又、家から近いというのも理由にあります。後半でも述べますが、周囲の環境も悪くないので、夜暗くても比較的、安心かと思われます。
講師・授業の質
講師陣の特徴
全体的に大学生の方が多いです。正社員は塾長だけではないかと思うほど、大学生講師が大部分を占めていました。講師も人間ですので、一人一人の雰囲気はかなり異なりますが、基本的にはモラルある発言しかしません。ただ、遅い時間帯(8時くらい)だと機嫌が悪い講師がいらしたので、そこは要注意です。
生徒からの質問に対する対応の有無
あり
生徒から質問を受けた場合、講師が生徒の隣に座り、教えます。
1日あたりの授業時間について
2〜3時間
授業の形式・流れ・雰囲気
個別指導ですので、授業用の机が幾つかあり、そこで1対1の形で勉強します。具体的な流れについては、時間→机に移動→軽く挨拶→開始→途中で確認→時間が余れば軽く雑談→時間→また挨拶(感謝) →終了という流れです。 教室全体が狭いため、1対1の間隔も狭く、講師の目が自分に向き続けるため、不要な緊張を私は感じましたが、生徒の感性によって変動しますね。
テキスト・教材について
記憶とともに捨ててしまいました。
指導方針・カリキュラム
カリキュラムについて
月に一度程度、確認テストが実施され、自身の実力を測ることができます。完全任意ですので、参加したくない方は不参加でも問題ありません。内容はこれまでの授業及びテキストから選出されているようで、復習をしていれば難しくはありません。ただ、参加した方が内部評価は上がりますね。最も、外部では無力ですが。
定期テストについて
月に一度程度
宿題について
毎回、宿題は出されますが1、2ページ程度で致死量ではありません。笑 宿題の範囲は講師の完全独断ですので、「多いな」と感じたら、「多いです。減らせませんか?」と申し出れば、ほとんどが対応してくれます。後は、自身の裁量ですね。
塾のサポート体制
保護者への連絡手段
メール連絡
保護者への連絡頻度・内容などについて
週に1回
連絡内容を閲覧した訳では無いので、推察程度ですが、お子様の進捗状況、授業態度、取り組み時間などの外見上の評価だと思われます。
保護者との個人面談について
月に1回
先生対生徒及び保護者という三者面談の形で30分程度の面談でした。毎回、追加のプランを勧められ、受験先を考えます。相手側もマニュアルに従っている感が否めないため、本気の面談ではありません。あくまで、形式上ですね。
成績が不振だった場合の塾側との相談・アドバイスについて
成績云々は個人面談の際に話題に上がり、「今回、悪かったけど難しかったですか?」と軽く質問されます。執拗な詰問はされないので、そこは安心かと思われます。
塾内の環境(設備・騒音対策・衛生面など)
結論から言えば、狭いです。狭いにもかかわらず、塾生徒が多いため、人気の時間帯(午後4時〜5時)には人の圧があり、殺伐としています。
アクセス・周りの環境
周囲には榴ヶ岡公園があり、対岸には生協(スーパー)があります。 塾までの道のりには、大きな道路があるため、交通事故には注意が必要かもしれません。人通りは多く、それに伴い店などの照明も多いため、不審者系は少ないかもしれません。
総合評価へのコメント
総合的な満足度
100点中形式で表せば、60点です。 上部でも述べた通り、私には合わない点が多く、合う点も相殺されるほどでした。 講師の方々も学校の教諭とは異なり、”生きるため”に稼ぐのを前面に出しておりますので、学校の先生とは違います。 ただ、塾周囲の環境は決して悪くなく、帰りに公園を散歩したり、スーパーによってお菓子を購入したりと一人娯楽を堪能していました。
この塾が性格に合っていると思った点、合っていないと思った点
合っている点は静かさですね。 合っていない点は教室全体の狭さ、殺伐さ、マニュアル感があり、環境に敏感な私には合わない点の方が圧倒的に多かったみたいです。悪い言い方をすれば、他者に興味がない人はこれ以上ない極上空間かもしれません。