回答日:2026年5月12日
京都聖母学院高等学校に合格した学印個別 藤森教室の通塾体験口コミ(生徒 / おかゆさん)
目次
保護者プロフィール
回答者:
本人(未回答)
お住まい:
京都府
世帯年収:
未回答
生徒プロフィール
通っていた学校種別:
公立
教室:
学印個別 藤森教室
通塾期間:
2022年5月〜2023年3月
通塾頻度:
週3日
塾に通っていた目的:
高校受験
志望していた学校
成績について
入塾時の成績/偏差値:
55
(進研模試)
卒塾時の成績/偏差値:
60
(進研模試)
費用について
塾にかかった月額費用:
わからない
塾にかかった年間費用:
わからない
塾にかかった年間費用の内訳
分からないが、普段の授業料(週2)と夏期講習、冬期講習の費用がかかったと思う。
この塾に決めた理由
家からいちばん近く、一応徒歩で行ける距離にある塾だったから。また、自分の性格を鑑みて、個別指導塾が向いていると思っていたから。
講師・授業の質
講師陣の特徴
京都大学のキャンパスが近くにあるため、学生バイトさんは京大生が多く、質問した際には基本なんでも教えていただけることが多かった。勉強の話だけでなく、趣味の話なども挟みながら授業していただける方が多かったので、眠くなったり授業が嫌になることも少なく、個別指導ならではのいい授業方法をとっている講師の方々が多かったと思う。
生徒からの質問に対する対応の有無
あり
勉強について聞くと、基本なんでも調べたりなんなりして答えてくれた。
1日あたりの授業時間について
1〜2時間
授業の形式・流れ・雰囲気
初めに前回の授業で出されていた宿題の丸つけと間違えたところの確認を行ってから新しい範囲の授業に入っていた。授業は、テキストの文と補足で先生の説明を聞いて、どんどん問題を解いていく方式だった。その間に推しの話をしたり、先生の大学での話を聞いたりする時間が休憩時間になっていたため、雰囲気は尖ったところがなく良い雰囲気だったと思う。ただ、個別指導なので先生や生徒との関係値によって雰囲気は変わると思う。
テキスト・教材について
覚えていない
指導方針・カリキュラム
カリキュラムについて
高校受験は推薦受験が決まっていたため、基本的には学校の授業の予習、復習として、基礎的なところを固めるようなカリキュラムが組まれていた。長期休みの講習で、普段取っていない理科や社会などの科目の総復習と数学、英語の苦手分野や応用分野をやるカリキュラムだった。
宿題について
どの科目の授業でも、授業内で解いていない問題を2~3問解くというような内容だった。分からないところは解けなくてもいいが、途中式などを書いてどこから分からなかったのかを視覚化しておいた方がいいと言われた。全体的に多い訳でも少ない訳でもなく、学校の宿題と並行して行うのにちょうどいい量だった。
塾のサポート体制
保護者への連絡手段
その他
保護者への連絡頻度・内容などについて
月に1回
電話などでの連絡は特になく、学校のように何か知らせること(教室の改装、急な休講など)があればプリントを持って帰る方式だった。保護者と個人で話す機会は個人面談以外、問題がない生徒はなかったと思う。
保護者との個人面談について
3ヶ月に1回
授業ではどんなことをしているのか、塾ではどんな様子か、家でどんな様子か、宿題は出来ているか、学校との両立が出来ているのか、学校の成績についてなど、塾が保護者に伝えたり、保護者に聞いたりしていた。
成績が不振だった場合の塾側との相談・アドバイスについて
基本塾に入ってから成績が落ちることがなかったため、特にアドバイスもなかった。 強いていえば、テストで点を取れなかった問題の解き方を教えてもらったり、学校で習う公式以外のやり方を教えてもらったりした。
塾内の環境(設備・騒音対策・衛生面など)
広さは十分にあった。机が立つと全体を見渡せるけど座ると隣の席がギリギリ見えないくらいで配置されていたため、勉強に集中できた。通っていた時、途中から時計がローマ数字のものになって見にくかった。
アクセス・周りの環境
近くに駅がなく家から歩いて30分近くかかるため、立地は悪かった
総合評価へのコメント
総合的な満足度
実際に成績が右肩上がりだったことがいちばんの要因で、宿題と授業をきちんとこなせば大体の人は成績が下がることはないと思う。また、京大生が多いため、質問すればだいたいのことは答えが返ってくることも大きかった。
この塾が性格に合っていると思った点、合っていないと思った点
人の目がないとサボりがちな自分に対して、個別指導塾で隣に先生がいることでその癖を出すことなく勉強に取り組み、実際に成績をあげることが出来た。ただ、とてもアットホームな雰囲気でいきなりファーストネームを呼び捨てで塾長に呼ばれたときは、距離感が近すぎて引いてしまい、最後までその感覚は無くならなかった。