長崎県立長崎西高等学校などに合格した総合進学塾 翔英館通塾生の体験記
- ニックネーム
- とんさん
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 50
- 受験直前の偏差値
- 75
- 学習時間
- 一日2〜3時間
- 月額費用
- 40,001~50,000円
受験者のプロフィール
進学前に通っていた学校
公立 中学校志望していた学校・受験結果
| 志望順 | 学校名 | 合格判定 | 受験結果 |
|---|---|---|---|
| 1 | 長崎県立長崎西高等学校 | A判定 | 合格 |
| 2 | 海星高等学校(長崎県) | A判定 | 合格 |
進学した学校
長崎県立長崎西高等学校通塾期間
- 中1
-
- 総合進学塾 翔英館 に入塾 ( 集団指導(10名以上)/グループ指導(4~10名未満) )
- 中1春
-
- 春期講習受講
- 中1夏
-
- 夏期講習受講
- 中1冬
-
- 冬期講習受講
- 中2春
-
- 春期講習受講
- 中2夏
-
- 夏期講習受講
- 中2冬
-
- 冬期講習受講
- 中3春
-
- 春期講習受講
- 中3夏
-
- 夏期講習受講
- 中3冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
| 塾の授業 | 家庭・自習 | |
|---|---|---|
| 中1 | 2〜3時間 | 1時間以内 |
| 中2 | 2〜3時間 | 1時間以内 |
| 中3 | 2〜3時間 | 1時間以内 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
理科
苦手科目
国語
受験者の口コミ
受験の結果
合格を勝ち取れた
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・自発的に勉強する環境を作ったこと
受験については本人の主体性に任せた。休日でも、本人が塾に行きたいと言ったら、送迎してあげたりした。あとは、塾の先生を信頼して、サポートに努めた。反抗期という年頃だったため、あまり口を出さないように努めた
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
イライラしないで
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
塾からの情報
母親の私の進学してほしい希望は、姉と兄が卒業した別の高校だった。しかしながら、本人が希望したのは、公立校としては県内でも最上位の高校だった。塾でのススメが大きいと思う。最終的に合格したので、バンザイである
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
| 本命 | 自身の偏差値ちょうど |
|---|---|
| 滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
| チャレンジ校 | 自身の偏差値+5以上 |
塾でのススメ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
イライラしないで
塾での学習
受験時に通っていた塾
塾の費用について
| 通塾頻度 | 月額の費用 | |
|---|---|---|
| 中1 | 週2日 | 30,001~40,000円 |
| 中2 | 週2日 | 30,001~40,000円 |
| 中3 | 週5日以上 | 40,001~50,000円 |
塾を選んだ理由
通いやすい
通塾することで最も大きく変化したこと
◎入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
末っ子だったため、小学生の頃から自由に育てていて勉強などさせていなかったのだが、中学生になり塾に通い始めてから、勉強に対する姿勢が身についた様子が見てとれた。小学校時代からの仲の良い友達が、塾に入ってきてから、ライバルとして切磋琢磨できたのも功を奏した
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
イライラしないで
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・その他
これといった家庭内でのサポートは行っていない。行ったことといえば、休みの日など本人が希望したら、塾への送迎をしてあげたこと、夜遅い塾からの帰宅になっても、食事や風呂などの時間を合わせてあげるなどのサポートをしたことくらいである
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
とにかく反抗期がひどかったことが、悔いである。自宅では殆ど会話してくれず、母である自分自身がイライラしてしまったこともある。もう少し、私自身がのんびり構えていたら、本人の態度も変わったのだろうかと反省することもある
その他の受験体験記
長崎県立長崎西高等学校の受験体験記
塾の口コミ
総合進学塾 翔英館の口コミ
- 回答者
- 保護者
- 回答時期
- 2026年
市内の東部地区に位置しているのだが、レベル的には、当時、トップクラスのレベルではなかっただろうか。事実、殆どの生徒が、難関校への進学実践を残していた。息子も、県内最難関校への合格を勝ち取れた。同じ中学校の他の生徒からは、その塾に通えること自宅がすごいと言われたこともある。決して入塾に際してテストがあるわけではないのに。