大阪府立豊中高等学校に合格した駿台予備学校通塾生の体験記
- ニックネーム
- イチロー
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 50
- 受験直前の偏差値
- 70
- 学習時間
- 一日1〜2時間
- 月額費用
- 40,001~50,000円
受験者のプロフィール
通塾期間
- 中2
-
- 駿台予備学校 に入塾 ( 集団指導(10名以上) )
- 中2夏
-
- 夏期講習受講
- 中2冬
-
- 冬期講習受講
- 中3春
-
- 春期講習受講
- 中3夏
-
- 夏期講習受講
- 中3冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
| 塾の授業 | 家庭・自習 | |
|---|---|---|
| 中1 | 通塾していない | 1時間以内 |
| 中2 | 1〜2時間 | 1〜2時間 |
| 中3 | 1〜2時間 | 2〜3時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
国語
苦手科目
数学(算数)
受験者の口コミ
受験の結果
志望校に合格したから
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・自発的に勉強する環境を作ったこと
子供がどうしても行きたい学校が志望校でした。親しい友人がその学校に行くだけの能力があったのに、子供にはそれがなかったからです。その友人とその志望校に一緒に行くと言うことがモチベーションを高め、受験勉強を続けることができました。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
頑張れば何でもできる。
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
その他
志望した学校が、学校の中でも2番目に入学は難しい学校でした。どうせ目指すなら、それぐらい成績が良くないと入れない学校を狙って欲しいと思っていましたので、そこに頑張って合格しろと期待しました。子供が行きたい学校を狙わせるというのが最も正しいと思います。偏差値どの数字で学校選ぶのは違うと思います。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
| 本命 | 自身の偏差値ちょうど |
|---|---|
| 滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
| チャレンジ校 | 自身の偏差値ちょうど |
行きたい学校を目指しました。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
偏差値で泣きせずに行きたいところを目指せ
塾での学習
受験時に通っていた塾
塾の費用について
| 通塾頻度 | 月額の費用 | |
|---|---|---|
| 中1 | 通塾していない | 通塾していない |
| 中2 | 週3日 | 40,001~50,000円 |
| 中3 | 週3日 | 40,001~50,000円 |
塾を選んだ理由
家から近いから
通塾することで最も大きく変化したこと
◎入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
塾に行く前は本当に勉強が大してできない子供でした。行きたい学校目指し、そこに合格するためと言う理由で塾に通いいたしましたので、塾に行くようになったから、本当に家で勉強するようになりました。のんびりした学校の授業とは違い、自分ができるようになったことが手に取るようにはっきりわかる。塾での勉強は、子供にとってはとてもやりがいがあるものだったので、勉強する態度に変化が出たのだと思います。
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
楽しくやれ
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・生活リズムが崩れないように心がけた
当たり前ですが、思春期の頃と言うのは人生にとってとても大切な時期です。勉強することだけが子供にとっての全てではありません。クラブ活動や友人との交流など、もっともっと子供にとっては大切なことがある時期です。だから、規則正しい生活を心がけさせ、勉強以外のことも好きなだけやるように取り組みました。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
家庭では、受験生だからといって気を使う事はなく、普通に家族として過ごしていました。親にも仕事があり、子供にも勉強や遊びがあり、人それぞれには違う役割があると言うことを子供にはっきりわからせたわからせたかったからです。規則正しい生活をする、規則正しく食事をする。こういう基本的なことを抑えた上で、普通に暮らすことを奨励していました。
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塾の口コミ
駿台予備学校の口コミ
- 回答者
- 保護者
- 回答時期
- 2023年
息子にとにかく合っていた塾だったなと思います。本人は国立大学狙いで、中々合格の吉報が届かず、保護者は国立大学二次受験まで通塾する心づもりでおりました。 実際、当初の予定より長く通いましたがら臨機応変に通塾の延長もできました。