慶應義塾大学への合格体験記 中2から学習開始時の偏差値60(35900) 河合塾出身
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 60
- 受験直前の偏差値
- 70
- 学習時間
- 一日3〜4時間
- 月額費用
- 40,000〜50,000円
通塾期間
- 中2
-
- 河合塾に 転塾 (集団指導/個別指導)
- 中2
-
- Hi-STEP(小中学生)に 入塾 (集団指導/完全個別指導)
- 高2夏
-
- 夏期講習受講
- 高2冬
-
- 冬期講習受講
- 高3春
-
- 春期講習受講
- 高3夏
-
- 夏期講習受講
- 高3冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
塾の授業 | 家庭・自習 | |
---|---|---|
高1 | 通塾していない | 4時間以上 |
高2 | 2〜3時間 | 3〜4時間 |
高3 | 3〜4時間 | 4時間以上 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
英語
苦手科目
物理
受験者の口コミ
受験の結果
希望校に合格できた
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・過去問に重点的に取り組んだこと
授業の無い時間は、自習室を活用できたこと。 学校の授業のものの添削やアドバイスが聞いた。 例えば、小論文の添削を学校と塾と双方にだし、添削内容を参考にしていた。 友だちたちと学習時間のタイムアプリを共有し、互いを励ましていた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
学習時間アプリを使い、友達と共に頑張っていた
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
友達や先輩からの情報
卒業した先輩や、志望校に通学している先輩に、大学の情報収集をしていた 。 学校説明や体験授業に参加し、大学のリアルを感じて希望校を決めた。 大学の先生方の授業内容を調べた。 大学の就職先などを調べた
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
本命 | 自身の偏差値ちょうど |
---|---|
滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
チャレンジ校 | 自身の偏差値+10以上 |
学校別にテストの傾向が違うため、自分の得意科目を行かせる受験校があったため、チャレンジをした。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
受験は、本人が頑張るしかないので、親はいつでも応援しサポートに徹していた。
塾での学習
受験時に通っていた塾
塾の費用について
通塾頻度 | 月額の費用 | |
---|---|---|
高1 | 通塾していない | 通塾していない |
高2 | 週2日 | 40,001~50,000円 |
高3 | 週2日 | 40,001~50,000円 |
塾を選んだ理由
受けたい授業があった
通塾することで最も大きく変化したこと
◎受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
高校受験とはことなり、大学の傾向や解き方のポイントなどを習得するテクニックを教えてもらえた。 重要語ポイントを知ることにより、効率的な学習時間の配分がしていた。 学校の空き時間を塾で過ごすようになった。
通塾することで変化したこと
・予習/復習など自習の習慣がついた
・受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
はい
以前通っていた塾 | Hi-STEP(小中学生) |
---|
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
努力は報われる。
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・塾以外の習い事や部活を休止した
・子供の勉強中は家族もテレビを消すなど、勉強の環境作りを心がけた
・生活リズムが崩れないように心がけた
・その他
体調管理と食事管理に気をつけ、子どもの1日のサイクルを崩さないように努めた。 コロナ禍であったため、心配ごとも多かったが、できる限りのサポートをしていた。 短時間の睡眠でも、回復できるように安眠できる環境を整えた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
受験間近は、精神的にも不安定になったため、親は不安さを見せず、どんなことでも受け入れるから大丈夫と安心させるよう努めていた。 少しの失敗も気にしてしまう子どもに、気分転換や家庭での雰囲気を重くならないようにしていた。
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塾の口コミ
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- 回答者
- 保護者
- 回答時期
- 2022年
目的と結果
国立大学医学部医学科に進学するために通塾していました。 結果、現役で合格できたので、目的は達成できました。
成績が上がった理由 / 下がった理由
成績が下がった時は、前述のチューターが根気よく声かけをしてくださり、保護者にもマメに電話連絡を入れてくださっていました。それが最後のスパートにつながったと思います。