中京大学への合格体験記 高3から学習開始時の偏差値50(57299) みやび個別指導学院出身
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 50
- 受験直前の偏差値
- 57
- 学習時間
- 一日2〜3時間
- 月額費用
- 20,001~30,000円
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
塾の授業 | 家庭・自習 | |
---|---|---|
高1 | 通塾していない | 3〜4時間 |
高2 | 通塾していない | 4時間以上 |
高3 | 2〜3時間 | 3〜4時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
国語
苦手科目
数学(算数)
受験者の口コミ
受験の結果
第一志望が合格したから
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・過去問に重点的に取り組んだこと
講師が年齢も近く、勉強だけでなく、私生活や大学生活なども話せる環境で、よかった。むだに話す人もおらず、勉強だけをやりたい人間が集まっていて、集中することができる環境だった。自習室も自由に利用することができて、勉強を集中して頑張れる環境が整っている。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
飛ばしすぎない
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
学校からの情報
教務の先生とじっくり話し合って決めた。教務の先生とは、普段から交流をし、悩みがあればなんでも相談できる関係性を取っておくと良い。同じレベルの友だちの意見も交換し合って、切磋琢磨しあうとよい。塾の講師は受験のコツを教えてくれ助かった。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
本命 | 自身の偏差値+5以上 |
---|---|
滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
チャレンジ校 | 自身の偏差値+5以上 |
レベルを上げた学校に入ってもついて行くのに無理が生じる。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
どこの学校を卒業しても、次のステップのためのステージだから無理をして受験しないでもいい。
塾での学習
受験時に通っていた塾
ココがポイント
- 教科書準拠の月例テスト「ITTO模試」を無料で毎月実施
- オリジナル教材や専用授業で、万全の定期テスト対策
- フルオーダーメイドの授業カリキュラム。選べる指導形式×時間×科目
塾の費用について
通塾頻度 | 月額の費用 | |
---|---|---|
高1 | 通塾していない | 通塾していない |
高2 | 通塾していない | 通塾していない |
高3 | 週2日 | 20,001~30,000円 |
塾を選んだ理由
そこしか空いていなかった
通塾することで最も大きく変化したこと
◎受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
現役大学生のアルバイト講師ではあったが、年齢も近く、話しやすい環境であり、大学生活の話しや受験に対する悩みや心配事なども相談しやすくよかったようです。受験のコツやこれからの課題なども的確に教えてもらえた。
通塾することで変化したこと
・苦手科目の成績が向上した
・受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
はい
以前通っていた塾 | 家庭教師のトライ |
---|
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
もし受験活動まえの息子に話すのであれば、どこの大学へ行っても、人生の最後がそこではないよ。と。まだまだやり直しができるが、悔いのないように、いま頑張れ
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・受験勉強だけでなく、お手伝いや学校生活なども大切にするよう心がけた
・親も一緒に問題を解くなどを実施した
・生活リズムが崩れないように心がけた
塾の送迎や、塾だけでなく友だちとの交流や、息抜きの趣味のスポーツも取り入れてメリハリのある生活をサポートした。親の意見も伝えるが、素直に聞くことができなければ、塾講師や学校の教務の先生に聞くと、素直に聞き入れることができると伝えた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
受験の頃の息子は、勉強しなきゃと必死なところがあった。ただ勉強するだけが受験生の仕事ではなく、今しか経験できないこともあると、伝えたい。 ゴールは大学ではなく、その後の就職先での人間関係もある。協調性を学び、楽しい高校生活を過ごして欲しいと伝えたい。
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塾の口コミ
みやび個別指導学院 の口コミ
- 回答者
- 生徒
- 回答時期
- 2022年
アクセス・周りの環境
交通機関を使って通うのは難しいと思います。私が通っていたところは駅から30分程離れていますし、皆さん自転車か車の送り迎えで通っていました。