日本女子大学への合格体験記 高1から学習開始時の偏差値55(6873) 河合塾出身
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 55
- 受験直前の偏差値
- 60
- 学習時間
- 一日2〜3時間
- 月額費用
- 40,000〜50,000円
通塾期間
- 高1
-
- 河合塾に 入塾 (集団指導/個別指導)
- 高1春
-
- 春期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
塾の授業 | 家庭・自習 | |
---|---|---|
高1 | 2〜3時間 | 学習していない |
高2 | 2〜3時間 | 学習していない |
高3 | 2〜3時間 | 3〜4時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
国語
苦手科目
物理
受験者の口コミ
受験の結果
第1第2に不合格だったのは残念だったが、実力不足だったので仕方ない
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・過去問に重点的に取り組んだこと
まずは志望校を決めるのに時間がかかってしまったのでそこはもっと早く決めた方がよかったと思う。ここに行きたいと思える大学がなかなか決まらず、時間ロスした。また学部も迷いがあった。何事も早めが大事。過去問にももっと早く取り組んだ方がよいと思う。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
体調管理が一番大事。コロナ禍だったので特に。すべての受験校に行けただけで御の字だと思う。
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
学校見学・オープンキャンパス
やはり受験校を早めに決めることが大事。家から出すことも可能なのか、自宅から通えるところのみにするのか。自宅からのみにするなら実際に行ってみることも大事。乗換等時間がかかることもある。学校の雰囲気を知るためにもオープンキャンパスは行った方がよいと思う。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
本命 | 自身の偏差値+5以上 |
---|---|
滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
チャレンジ校 | 自身の偏差値+5以上 |
学部で決めたので偏差値はあまり気にしていなかった。過去問には早めに取り組んだ方がよい。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
特にない
塾での学習
受験時に通っていた塾
塾の費用について
通塾頻度 | 月額の費用 | |
---|---|---|
高1 | 週2日 | 30,001~40,000円 |
高2 | 週2日 | 30,001~40,000円 |
高3 | 週4日 | 50,001~100,000円 |
塾を選んだ理由
学校帰り、また休日家からも通いやすい距離にあるので。
通塾することで最も大きく変化したこと
◎受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
自習室が自由に使えるのはよかった。家だとあまりやる気がなかったように思う。 受験生が集まる場所というのはやはり緊張感もあり本人のやる気にもつながると思う。 自習室で電子辞書が少し目を離したすきに盗まれてしまい、ちょっと治安はわるかったかも。
通塾することで変化したこと
・受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
本人が嫌がったこともあり、本人のみの面談だったが、保護者面談もきぼうすればよかった
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・子供の勉強中は家族もテレビを消すなど、勉強の環境作りを心がけた
・生活リズムが崩れないように心がけた
朝ご飯をきちんととる。睡眠時間を確保する。生活のリズムを整えるのが一番大事だと思う。また直前期と受験中は生ものは一切出さないようにした。疲労に良いとされる鶏肉料理を多く出したこと。体調を崩すことなくすべての受験校に行けたので良かったと思う。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
専業主婦なこともありもともと家のお手伝いを頼んではいなかったので、受験期も同じ。疲れていそうなときは自転車ではなく車を使ったりした。また生活リズムは大事なので崩さないように(日曜日だからと遅くまで寝ない)気を付けた。
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塾の口コミ
河合塾 の口コミ
- 回答者
- 保護者
- 回答時期
- 2022年
目的と結果
国立大学医学部医学科に進学するために通塾していました。 結果、現役で合格できたので、目的は達成できました。
成績が上がった理由 / 下がった理由
成績が下がった時は、前述のチューターが根気よく声かけをしてくださり、保護者にもマメに電話連絡を入れてくださっていました。それが最後のスパートにつながったと思います。