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“勉強嫌いにしない工夫”で海城中学校に合格!選択と集中を貫いた父の伴走とは|親たちの中学受験体験記Vol.25

更新日:
中学受験
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「解かなくていい問題」を合格から逆算して仕分け、過去問10回分を本番と同じ条件で演習する──海城中学校に合格した息子さんの受験勉強を支えたのは、小6から本格的に伴走を始めた父の“選択と集中”の戦略でした。

その根底にあったのは、「勉強嫌いにさせたくない」という想いです。テストごとに講評を書いて渡した日々、過去問の勝率から合格確率を逆算した冷静な判断、「君が難しい問題はみんな難しい」と送り出した本番当日。戦略と愛情の両面から伴走した父の目線から、中学受験を振り返っていただきました。

塾選ジャーナル編集部

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目的や性格について回答するだけ!簡単10秒!ぴったりの塾を診断
目次

【保護者プロフィール】

お名前 三木 史郎(仮名)
お住まい 東京都杉並区
年齢 52歳
職業 会社員
性格 仕事はせっかち、プラーベートはマイペース
家族構成 3人家族(父・母・長男)

【中学受験を行った子どものプロフィール】

子どもの名前 三木 尚真
性別 男子
現在通っている学校名 海城中学校
現在の学年 中学2年(2024年2月受験)
受験時にしていた習い事 日能研
得意科目 算数
苦手科目 国語・社会
性格 人見知り、すぐに友人ができる、明るい
偏差値 入塾時:57程度
受験直前期:65程度
受験結果 海城中学校(第一志望):合格
巣鴨中学校(第二志望):合格

日能研で3年間、海城に照準を定めるまで──都立中高一貫から私立への切り替え

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―まずは、中学受験をしようと決めたきっかけから教えてください。

妻と息子から「塾に入りたい」と言われたのがきっかけです。話を聞くと、息子が小3ぐらいの時から、妻がいろいろな塾の入塾テストを受けさせていたようでした。

自宅から近いことと、進み方がゆっくりだという理由で日能研も選んでいて、じゃあ入ったらいいんじゃないかと。そこから、中学受験に向けた取り組みも始まりました。

―塾に通い始めて、息子さんに何か変化はありましたか?

勉強する際のストレスが減って、より前向きに取り組めるようになった印象でした。

実は、入塾前にちょっとしたエピソードがありまして。通っていた小学校で、かけ算の繰り上がりを書く場所を指定されたことがあったようなんです。でも、息子は暗算でやりたくて、どうしても書きたくなかったらしくて。泣きながら「書きたくない」と言っていたのを覚えています。

それが塾では、学校ほど細かい部分まで指定されることがなく、より自分のやりたいように学ぶことができた。塾という別の居場所ができたことで、学校のルールにもリラックスして向き合えるようになったのかなと思っています。

―日能研の講師の印象はいかがでしたか?

特に5年生から6年生まで担当してくださった講師の方には、恵まれたと感じます。

算数の講師は問題が解けると「何々くん、どこどこ中学合格!」と声をかけてくれるような、やる気を引き出すのが上手な先生。

国語の講師は漢字テストの解き直しなど厳しい面もありましたが、一度相談に行った時には過去のテスト結果から弱点を非常に緻密に分析してくださいました。

社会の講師は元々証券会社に勤めていた方で、時事ネタを織り交ぜた授業に息子も興味を持ったようです。

―塾のクラスの雰囲気はどうでしたか?

ピリピリした雰囲気ではなく、楽しみながらお互いを刺激し合えるクラスだったのかなと感じます。

小6のクラスは16人の少人数。不動の1位の子がいて、2位以下がテストごとに入れ替わるような環境でした。成績に応じて変わる席順を、遊び感覚で競い合っていたみたいです。

―受験校選びについても伺います。どのように候補を定めたのでしょうか?

妻はもともと都立中高一貫校を希望していました。私もその話を聞いていて、最初はそれでいいんじゃないかと思っていたんです。ただ、後からわかったのですが、都立も国立も試験日がすべて2月3日に集中していて。

適性検査の毛色も違いますし、私立との併願がどうしても難しいと考え、小5の後半ぐらいに「私立をメインに受ける」という選択に切り替えました。

―海城中学校を第一志望にした経緯を教えてください。

海城は私の友人が何人か進学していて、自分にとってもともとなじみのある学校でした。ただ、小5の時点では偏差値的に巣鴨中学校がちょうどよかったので、まずは巣鴨の説明会に足を運んでいたんです。

それが小5から小6に上がるあたりで偏差値が伸び始めて、「あれ、これ海城も狙えるかもしれないよ」と。ちょっと難しいかもしれないけどやってみる?という話になったのがきっかけでした。

―息子さんご自身は海城を希望されていたのですか?

はい。文化祭やミニオープンキャンパスへ実際に足を運んで、学校の雰囲気が合っていると感じたようです。すごく小学生らしいかもしれませんが、海城の中にあるカフェテリアでラーメンを食べて、それがおいしかったらしく「また食べたい」と。

入学したらまた食べられるねと話していて、ちょっとしたことが本人のモチベーションになっていたようです。

\志望校・塾選びのポイント/

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小6から父が本格参戦。テストの“講評”を書き、やらない問題を決めた日々

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―小4の頃は奥様が主にサポートされていたとのことですが、ご両親として大変なことはありましたか?

復習の習慣をつけるのが一番の苦労でした。塾にはちゃんと行っていたのですが、家ではほとんど勉強しない時期もあって。まったくやらない状態から、少しずつ家でも机に向かえるようになったのは、小4の頃を中心に妻がサポートし続けてくれたおかげです。

一方で、6年生になっても、家でもどっぷり勉強漬けという感じにはしていませんでした。塾は休まず通い、家ではサラッと1時間半ほどやって終わって、お風呂から出たらゲームをやっている。

勉強と遊び、バランスよくやるイメージで本番まで過ごしていました。

―お父様が本格的に受験に関わり始めたのはいつ頃ですか?

小6になった頃からです。それまでは主に妻が復習を見ていたのですが、小5の終わりぐらいから、算数を中心に一気に難しくなってきて。そのタイミングから、私がほぼメインでサポートするようになったんです。

テストの正答率を見ながら「これはできなくてもいい」という問題を見極めたり、テストごとに感想を書いて解き直しをさせたりしていました。

―テストの感想を書くというのは、具体的にどういうことですか?

日能研でのテストの結果が出た後に、私が各教科の講評を書いて息子に渡していたんです。

正答率が全問公開されるので、それをもとに「この問題ができたのはすごい」「この問題はできていてほしかったね」と仕分けながらコメントを書いていました。厳しく指摘するというよりは、励ます意味が大きかったですね。

\家庭でのサポートのポイント/

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過去問10回分を本番と同じ条件で。「できなくても責めない」という信念

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―家庭学習で特に力を入れたことはありますか?

過去問演習です。海城は入試が第1回・第2回とあるので、5年分で計10回分。それ以外の受験校も、最低2年分は全部解きました。

ただ解くだけではなく、本番と同じ条件で臨ませることにこだわったんです。B4で両面印刷して、時間を計って、受験番号を書くところまでやる。問題用紙の見た目まで脳裏に焼き付いていれば、本番の緊張も和らぐだろうと考えていました。

海城の過去問を10回解いた結果、勝率は大体3分の2。2回とも落ちる確率は9分の1ですから、平常心さえ保てれば受かるだろうという見通しは持てていました。

―過去問の結果をもとに、受験の戦略を調整したこともあったそうですね。

はい。栄東中学校の東大特待 I は3年分ぐらいやってみて、1回合格点に届いたか届かないかでした。

そもそも受けに行くのも遠いですし、御三家を受ける子の前受けという位置づけでもある。「本命(海城中学校)よりも難しい入試を前受けする意味とは?」と考え、「じゃあ東大IIを受けようか」と子どもと話しました。過去問を解いたことで「あえて負ける」ような判断を避けることができた意味で、良かったのかなと思います。

―「必要なことだけに絞る」という考え方は、過去問以外にもありましたか?

そうですね。たとえば、全国模試が6年の夏休み明けから急に難しくなるんですよ。ターゲットが御三家レベルになって、国語も1万字を超えてくる。受けさせたら案の定あまり良い点ではなかったのですが、そこで落ち込ませるのではなく、「これは君が受ける学校には必要ないから、気にしなくていい」と伝えました。

必要なことと必要じゃないことは完全に分けて、少しでも“ワークロード(学習負荷)”を減らす。それは一貫して意識していたことですね。

―苦手な科目に対しては、どのようにサポートされましたか?

息子と一緒に自分たちでテキストを選んで、補強したのが一番効いたと思います。

息子は特に理科の天体、宇宙や地球、月の満ち欠けなどが苦手分野でした。受験においては穴を作りたくなかったので、本屋さんでいろいろ見比べて、『シグマ』の理科地学のテキストを選びました。それで必要な部分だけ同じ問題を3周、4周と繰り返し読んで暗記して、知識を定着させました。

―サポートをするうえで、ほかにも特に意識していたことはありますか?

息子のモチベーションをいかに保つかです。そのために大事なのは、勉強を嫌いにさせないことだと考えました。嫌いになってしまったら、そこから先は何をやってもうまくいかないと思ったので。

だからこそ、できないことを責めることは一切しませんでした。テストの結果が悪かった時、正答率が高い問題を落としていたら「これはできていてほしかったね」とは伝えましたが、基本的にはできたところ、良かったところにフォーカスして“講評”を書いていました。

もう一つ、うちの子の性格を踏まえて意識していたのが、「乗り気の瞬間」を逃さないことです。

息子は小さい頃は電車の「見る鉄」で、何系は何の直流モーターを積んでいるとか細かいことを覚えていましたし、三国志に興味を持った時には「ここぞ!」という感じで、マンガ全巻をAmazonで買ったら、瞬く間に全部読んで諸葛孔明がどうこうと言い出して。とにかくなんでも、興味を持ったら一気に吸収するタイプなんです。

だから受験勉強でも、本人が乗っているなと感じた時にはブレーキをかけず、どんどん理解が進むように働きかけていました。逆に気が乗らない時には、無理強いしない。その見極めは常に意識していましたね。

―息子さんがモチベーションを失いかけたり、スランプに陥ったりしたことはありましたか?

「わからない」と投げ出すようなスランプは基本ありませんでした。ただ、算数の平面図形や空間図形は苦手だったようで、難しいと言ってきたことはあります。

その時に意識したのは、直接教えるのではなく共感から入ることです。「難しいよね、お父さんも補助線を引くのは苦手だったよ」と伝えたうえで、「高校生ぐらいになると補助線なしでもできるようになるんだよね」と、少し先の話にずらす。今できなくても大丈夫だと安心感を持たせたかったんです。

あとは丁寧に復習してねということと、日能研は同じ単元を2周ほどするので、「次に取りこぼさなければいいんだよ」と伝えるようにしていました。

―お父様ご自身が一番しんどかった時期はいつ頃ですか?

小6の9月から11月ですね。過去問の出来が悪い時が一番しんどかったです。

時間は待ってくれませんし、正答率を見て冷静に判断しなきゃいけない。栄東の東大 I から東大IIへ切り替えた話をしましたが、そうした判断が常に頭の片隅にあった時期は、やはり精神的に重いものがありました。

ただ、年が明けて入試が始まってからは、もう気持ちは切り替わりました。受験開始に間に合うように、会場まで連れて行くのが自分の仕事。あとはもう、祈るだけという気持ちでした。

\家庭学習・受験戦略のポイント/

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成績に一喜一憂しない。受験を通じた「一つひとつの巡り合い」が財産に

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―受験当日、息子さんにはどんな声をかけていましたか?

毎回同じ手順を伝えるようにしていました。テーブルを探して、受験票と鉛筆と時計を置いて、トイレの場所を確認して、椅子に座ったら計算問題や漢字で頭の体操をする。

イチローが打席に入る時のルーティンじゃないですけど、毎回同じ流れを踏むことで平常心を保てるんじゃないかと。

もう一つ、本番の朝に必ず言っていたのが「君が難しいと思う問題はみんな難しいから、焦らなくていいよ」ということです。詰まったら飛ばせばいい。難しいと感じているのは自分だけじゃないと思ってほしいと考えて、その言葉をかけていました。

―合格を知った時のことは覚えていますか?

すごく鮮明に覚えています。2月2日、息子が巣鴨の2回目を受けている間に、私はグラウンドで海城の合格発表を確認しました。受かっていたのでその場ですぐに入学金を納めて、3時半頃に出てきた息子に携帯の合格画面を見せたら「よし!」と一言。正直ホッとしましたね。

―入学後の息子さんの様子はいかがですか?

楽しそうに通っています。大学院の修士や博士課程で学んできた先生が多数いらっしゃるので、授業の奥行きが違うなと感じます。携帯電話の使用禁止など校則は思ったより厳しいですが、窮屈というよりは秩序がある環境という印象です。

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―入学後、大変だったことはありましたか?

中1の夏休みが終わる頃ですね。宿題の量と本人の頭の中での見積もりが全く釣り合っていなかったらしくて、調子が悪いと言って学校を2日間ほど休んだことがありました。ただその夏休みを過ぎてからは、のらりくらりしながら、楽しく過ごしているみたいです。

今は陸上部に入っていて、長距離に夢中で取り組んでいます。

―受験を振り返って、息子さんにとって一番良かったことは何ですか?


何よりも、今の学校に行けたことです。そのうえで、そこに至るまでの一つひとつが全部巡り合いだったなと思います。塾に入らなければ先生にも出会えなかったし、一緒に競い合った友達とも出会えなかった。その過程も含めて、息子にとっては大きな財産になったと思います。

―これから中学受験に取り組む家庭に、何か伝えたいことはありますか?

成績に一喜一憂しないことが大事だと思います。

息子も6年生の最初のテストで点数が一気に落ちたことがあり、さすがにびっくりしましたが、それについて何か息子に言うことはしませんでした。発達途上の11、12歳の子どもですから、何があってもおかしくないと考えていたからです。

単元も難易度も変わるし、得意不得意もある。そこで親が動揺して子どもに当たってしまうのが一番もったいないな、と。根気強く見守ってあげることが、結局は一番いい結果につながるんじゃないかなと思います。

\中学受験を振り返って/

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取材後記

「ゴールのために、本当に必要なことを見極める」──三木さんのお話には、終始一貫した“哲学”がありました。

正答率をもとに「やらなくていい問題」を仕分け、全国模試が急に難しくなっても、必要な範囲だけに集中し続けました。受験が近づく中でその判断を貫くには、胆力が必要だったはずです。

その根底にあったのは「勉強を嫌いにさせたくない」という想いです。テストごとに講評を書いて励まし、過去問は本番と同じ条件で丁寧に準備します。できないことは責めず、できたところにフォーカスします。冷静な分析と、子どもへの温かいまなざしが常に同居していたのが印象的でした。

その両立こそが三木さんの伴走の核心であり、合格へとつながった一番の理由ではないかと思います。

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