回答日:2025年12月09日
和歌山県立橋本高等学校に合格した能開センター 橋本校の通塾体験口コミ(保護者 / ヨシマロさん)
総合評価
5
- ニックネーム: ヨシマロ
- 通塾期間: 2021年4月〜2024年3月
- 通塾頻度: 週3日
- 塾に通っていた目的: 高校受験
- 成績/偏差値: 上がった
- 第一志望校: 和歌山県立橋本高等学校
総合評価へのコメント
総合的な満足度
年間の費用は高いですが結果を出してくれれば安いものです。 子供も嫌がらずに通わせてもらい成績も上げてくれた能開センターには感謝しております。 能開センターに限らず習い事は先生との相性だと思っておりますので子供と合った良い指導者と会えたことに感謝です。
この塾が性格に合っていると思った点、合っていないと思った点
本人が嫌がらずに通ったという事実が塾が合っていたということだと思います。 結果的に成績も上がりましたし良かったと思います。費用は高めですが結果を出してくれれば構いません。 ですので合っていない点というのは私のところでは無いと思います。
目次
保護者プロフィール
回答者:
父親(50代・経営者)
お住まい:
和歌山県
配偶者の職業:
主婦(主夫)
世帯年収:
701~800万
生徒プロフィール
通っていた学校種別:
公立
教室:
能開センター 橋本校
通塾期間:
2021年4月〜2024年3月
通塾頻度:
週3日
塾に通っていた目的:
高校受験
志望していた学校
成績について
入塾時の成績/偏差値:
35
(能開センター模試)
卒塾時の成績/偏差値:
55
(能開センター模試)
費用について
塾にかかった月額費用:
50,001~100,000円
塾にかかった年間費用:
1,000,001円以上
塾にかかった年間費用の内訳
年間の授業料 春季夏季冬季の特別講習代 教材費等です
この塾に決めた理由
どこの塾が本人に合っているか分からなかったので先ずは体験入学から始めようと思いました。 知り合いの子供が通っていた能開センターからスタートしたら子供がここに通うと言ったので他の塾は体験せずに決めました。
講師・授業の質
講師陣の特徴
私の子供の先生は40歳手前くらいの年齢の男性の先生でした。 能開センターに勤務されているプロの先生と見受けられました。 話しやすい雰囲気を作ってくれる良い先生でした。 子供も先生のことが好きだったみたいで修学旅行のときにはお土産を買ってきていました。
生徒からの質問に対する対応の有無
あり
授業の前後に対応してくれました。
1日あたりの授業時間について
3〜4時間
授業の形式・流れ・雰囲気
集団授業で5〜10人くらいのクラスみたいです。 学校の授業とは少し違う雰囲気みたいで先生がエピソードとかユーモアを交えて教えてくれるみたいで帰宅後に話してくれることもありました。 分からないことは質問しやすいような雰囲気もあったと聞いております。 時間がくればきっちりと授業は終了しました。
テキスト・教材について
テキスト等は能開センターのオリジナル教材だと思います。
指導方針・カリキュラム
カリキュラムについて
能開センターではクラス分けが定期的にありました。 クラス分けは賢いグループとそれ以外のグループという分け方です。 カリキュラムも変わるのかも分かりませんがウチの子はそれ以外のクラスでした。 塾の方針に沿ったカリキュラムが組まれていると思います。
定期テストについて
能開センターの到達度試験という名前だったと思いますが定期的に実施されています。
宿題について
家で勉強する習慣をつけるためだと思いますが宿題は出ていました。 大体1時間くらいは机に向かうくらいの量でした。
塾のサポート体制
保護者への連絡手段
電話連絡/メール連絡/塾専用アプリ
保護者への連絡頻度・内容などについて
3ヶ月に1回
緊急時には電話連絡でした。 他はペーパーで子供に託けて各家庭に連絡していました。 入室退室はメールで連絡来ていました。
保護者との個人面談について
3ヶ月に1回
定期的な試験が実施され結果が出たら保護者面談がありました。 その時には授業中の様子や試験結果へのアドバイス、志望校選択についての先生の意見とかでした。
成績が不振だった場合の塾側との相談・アドバイスについて
分からないところから少し前の分かるところからもう一度復習してみるというやり方はすごく良かったと思います。
塾内の環境(設備・騒音対策・衛生面など)
塾用に建てられた建物と思います。 衛生面や広さも問題ないように見受けられます。
アクセス・周りの環境
橋本の駅前近くにあります。 他の塾も何件があります。 送り迎え用の駐車場はないので生徒の入れ替わりの際は渋滞することもあります。
家庭でのサポート
あり
私のところは塾の送迎バスの区域外でしたので親が自家用車で送り迎えしないといけませんでした。 家内と協力しあいながら3年間送り迎えをしました。