本庄第一高等学校に合格した栄光ゼミナール通塾生の体験記
- ニックネーム
- しも
- 回答者
- 生徒
- 学習開始時の偏差値
- 40
- 受験直前の偏差値
- 52
- 学習時間
- 一日1〜2時間
- 月額費用
- わからない
通塾期間
- 小4
-
- 栄光ゼミナール に入塾 ( グループ指導(4~10名未満) )
- 中1春
-
- 春期講習受講
- 中1夏
-
- 夏期講習受講
- 中1冬
-
- 冬期講習受講
- 中2春
-
- 春期講習受講
- 中2夏
-
- 夏期講習受講
- 中2冬
-
- 冬期講習受講
- 中3春
-
- 春期講習受講
- 中3夏
-
- 夏期講習受講
- 中3冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
| 塾の授業 | 家庭・自習 | |
|---|---|---|
| 中1 | 2〜3時間 | 1〜2時間 |
| 中2 | 3〜4時間 | 1〜2時間 |
| 中3 | 1〜2時間 | 1〜2時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
国語
苦手科目
数学(算数)
受験者の口コミ
受験の結果
合格できたから
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・過去問に重点的に取り組んだこと
過去問をひたすら解いた上で問題集の問題の出し方等を学習してそのうえで受験に挑めたので、何回か見た問題などが多くあり、そのため緊張せずに自分の持っている力を発揮出来合格出来た。また、過去問の問題を文章は同じにして数字などを変えて過去問の通りにとくということもやった。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
とくになし
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
学校見学・オープンキャンパス
学校見学やオープンキャンパスに参加することで、実際の校内の雰囲気や在校生の様子、先生方の対応を直接感じることができたため、自分に合っているかを具体的に判断することができました。パンフレットやネットの情報だけでは分からないリアルな環境を知ることができた点が、志望校選択において最も役立ったと感じています。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
| 本命 | 自身の偏差値ちょうど |
|---|---|
| 滑り止め | 自身の偏差値ちょうど |
| チャレンジ校 | 自身の偏差値ちょうど |
わからない
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
とくになし
塾での学習
受験時に通っていた塾
塾の費用について
| 通塾頻度 | 月額の費用 | |
|---|---|---|
| 中1 | 週4日 | わからない |
| 中2 | 週4日 | わからない |
| 中3 | 週4日 | わからない |
塾を選んだ理由
周りからの評価が良かった
通塾することで最も大きく変化したこと
◎入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
通塾するようになってから、勉強に対する意識が大きく変わり、自分から机に向かう時間が増えました。授業や小テストを通して理解できていない部分が明確になり、その都度復習する習慣がつきました。また、時間配分や解き方のコツなど受験に必要なテクニックも身につき、以前より効率よく問題を解けるようになったと感じています。
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
とくになし
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・1日のスケジュールを一緒に作成した
毎日決まった時間に勉強することを意識し、短時間でも継続して取り組むようにしました。また、日々の学習内容を簡単に振り返ることで、自分の理解度や課題を把握するようにしました。その結果、勉強の習慣が定着し、苦手分野にも継続して向き合えるようになりました。さらに、効率よく学習を進められるようになり、全体的な学力向上につながったと感じています。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
受験期間中は、無理に長時間勉強するよりも、毎日継続して取り組むことが大切だと思います。家庭では静かで集中できる環境を整え、生活リズムを崩さないことを意識するべきです。また、保護者の方には過度に干渉するのではなく、適度な距離で見守りながらサポートしてもらえると安心して勉強に取り組めると思います。適度に休憩を取りながら、メリハリをつけて学習することも重要です。
その他の受験体験記
本庄第一高等学校の受験体験記
塾の口コミ
栄光ゼミナールの口コミ
- 回答者
- 生徒
- 回答時期
- 2021年
当時の英語の成績がとても悪く、担任からは「志望校に行けない」「工業に行くことになる」といわれ、英語だけ成績を上げるために通い始めました。