創価高等学校への合格体験記 中2から学習開始時の偏差値52(15009) 秀英予備校出身
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 52
- 受験直前の偏差値
- 72
- 学習時間
- 一日2〜3時間
- 月額費用
- 40,000〜50,000円
通塾期間
- 中1冬
-
- 冬期講習受講
- 中2
-
- 秀英予備校に 入塾 (集団指導/個別指導/通信・ネット)
- 中2春
-
- 春期講習受講
- 中2夏
-
- 夏期講習受講
- 中2冬
-
- 冬期講習受講
- 中3春
-
- 春期講習受講
- 中3夏
-
- 夏期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
塾の授業 | 家庭・自習 | |
---|---|---|
中1 | 2〜3時間 | 1時間以内 |
中2 | 2〜3時間 | 1〜2時間 |
中3 | 2〜3時間 | 2〜3時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
英語
苦手科目
国語
受験者の口コミ
受験の結果
第一志望合格
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・偏差値を気にしすぎず、通える範囲で学校見学に行ったこと
苦手科目もなくすため、点が取れていない科目を重点的に問題を多く解いた。 オンラインなどの在宅学習も活用しながら、受験に臨んだ。 先生や大学生チューターに、効率よく勉強する方法などを相談して、実践した。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
落ち着いて、1つ1つ着実に理解していこうね!
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
学校見学・オープンキャンパス
率先してオープンキャンパスや入試説明会などに参加。勉強の仕方や入試問題の出し方などを話してくれたため、勉強する意欲が増した。大本命の高校ではなくても、オープンキャンパスに参加。比較対象にもできるため、2校は、行った
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
本命 | 自身の偏差値ちょうど |
---|---|
滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
チャレンジ校 | 自身の偏差値+5以上 |
塾の先生の勧めで。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
落ち着いて理解して1問でも多くの問題を解こう!
塾での学習
受験時に通っていた塾
秀英予備校
- 小学生
- 中学生
- 高校生
- 高卒生
- 集団指導
- 個別指導
- 通信・ネット
ココがポイント
- 小学校から高校までの一貫教育
- 質の高い講師陣・安定した指導に強み
- 自分自身の学力に合わせた勉強方法で学べる
塾の費用について
通塾頻度 | 月額の費用 | |
---|---|---|
中1 | 週2日 | 10,000円以下 |
中2 | 週2日 | 10,001~20,000円 |
中3 | 週2日 | 20,001~30,000円 |
塾を選んだ理由
体験して、子どもが決めた
通塾することで最も大きく変化したこと
◎苦手科目の成績が向上した
国語がずっと底辺でした。いつになっても点数も偏差値も上がらず、5角形がきれいじゃなかった。通塾して、考え方や解き方を教えてもらい、すこーしずつだが、上がってきた。3年の夏には他の教科と変わらないぐらい点数を取ることができた。
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
・短期間で偏差値が向上した/得意科目の成績が向上した
・苦手科目の成績が向上した
・予習/復習など自習の習慣がついた
・受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
わからない問題をわからないままにせず、堂々と聞きに行け
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・塾以外の習い事や部活を休止した
とにかく、たくさんの問題を解くこと。 子どもが納得するまで理解できるまで、先生に教えてもらうこと。 親や家族は見守ること。ぶつぶつ言わない。とにかく見守ること。 優しく話しかける。ほめる。平日と休日のルーティンを決めて、やっていた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
受験勉強に集中できるように、お手伝いなどは、させずにした。たまに、気分転換でやらせることはあったが。 子供のメンタルが持ち続けることができるように、子どもの趣味やストレス発散は、積極的にやらせた。子どもと相談しながら、受験までの日々を過ごした
その他の受験体験記
創価高等学校の受験体験記
塾の口コミ
秀英予備校 の口コミ
- 回答者
- 生徒
- 回答時期
- 2022年
アクセス・周りの環境
立地的に駅が近くないため、主な移動手段は徒歩、自転車、車しかありませんでした。そのため近くの学生が通う塾でした。