宮城県仙台第三高等学校への合格体験記 中3から学習開始時の偏差値60(16732) 河合塾NEXT出身
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 60
- 受験直前の偏差値
- 75
- 学習時間
- 一日2〜3時間
- 月額費用
- 40,000〜50,000円
受験者のプロフィール
進学前に通っていた学校
公立 中学校志望していた学校・受験結果
志望順 | 学校名 | 合格判定 | 受験結果 |
---|---|---|---|
1 | 宮城県仙台第三高等学校 | A判定 | 合格 |
2 | 宮城県仙台第二高等学校 | A判定 | 未受験 |
3 | 宮城県仙台第一高等学校 | A判定 | 未受験 |
進学した学校
宮城県仙台第三高等学校通塾期間
- 中3
-
- 河合塾NEXTに 入塾 (集団指導/完全個別指導)
- 中3夏
-
- 夏期講習受講
- 中3冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
塾の授業 | 家庭・自習 | |
---|---|---|
中1 | 通塾していない | 1時間以内 |
中2 | 通塾していない | 1時間以内 |
中3 | 2〜3時間 | 2〜3時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
英語
苦手科目
国語
受験者の口コミ
受験の結果
志望校に余裕で合格したから
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・自発的に勉強する環境を作ったこと
小学生から始めた硬式テニスを続けながら、中3から通塾を開始し、短期集中で一気に成績を上げることができた。硬式テニスは受験勉強中も継続し、いい息抜きになっていた。中3の秋には駅伝のメンバーにも選ばれ、宮城県大会優勝、東北大会出場の原動力になった。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
勉強ばかりしないで、色々やりなさい
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
友達や先輩からの情報
4つ上の学年の姉が志望校の卒業生であったこと、硬式テニスのダブルスを組んでいた他校の友人も同じ高校を志望していたこと、テニスの先輩も志望校に在学していたことなどから、多くの情報を得ることが出来たため、志望校選びには困らなかった。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
本命 | 自身の偏差値+10以上 |
---|---|
滑り止め | 自身の偏差値+5以上 |
チャレンジ校 | 自身の偏差値+10以上 |
少し上を目指すのが妥当
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
受けたいところを受けろ
塾での学習
受験時に通っていた塾
ココがポイント
- 「何をいつどれくらい」学習すべきかを明確に徹底指導!
- 「授業復習定着」の王道メソッドで確かな学力を養う
- 入試本番の得点力を強化!「目標達成」学習サイクルが高得点上位校合格へ導く
塾の費用について
通塾頻度 | 月額の費用 | |
---|---|---|
中1 | 通塾していない | 通塾していない |
中2 | 通塾していない | 通塾していない |
中3 | 週2日 | 20,001~30,000円 |
塾を選んだ理由
近くて評判がよかった
通塾することで最も大きく変化したこと
◎短期間で偏差値が向上した/得意科目の成績が向上した
春から通塾を開始し、夏前には成績が目に見えて上昇し、模試でも合格判定が出るようになった。苦手だった国語も自発的に勉強するようになり、秋には苦手ではなくなっていた。また、得意だった英語は元々ずば抜けて成績がよかったので、心配がいらず、それなりに得意だった数学と理科も成績が上昇した。
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
・短期間で偏差値が向上した/得意科目の成績が向上した
・苦手科目の成績が向上した
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
授業を有効に。
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・生活リズムが崩れないように心がけた
元々早起きの子供だったので、朝型生活への切り替えにはさして苦労は必要としなかった。4時には起きて、勉強していたようだった。朝に集中的に勉強することで、1日のスタートがスムーズになり、学校や塾での勉強の効率もアップしたようだった。 塾の行き帰りの送迎は車でサポートした。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
勉強しているときにはなるべく邪魔をしないようにしていた。規則正しい生活のサポート、バランスの取れた食事は母親がしっかりと手助けしていた。父親は主に塾の帰りの迎え、気分転換の雑談などを担当した。 全体にあまり受験だからと言って、カリカリとしていなかった。