立教大学への合格体験記 高3から学習開始時の偏差値60(43335) 新教育ゼミナール出身
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 60
- 受験直前の偏差値
- 65
- 学習時間
- 一日1〜2時間
- 月額費用
- 10,001~20,000円
受験者のプロフィール
進学前に通っていた学校
私立 高校志望していた学校・受験結果
志望順 | 学校名 | 合格判定 | 受験結果 |
---|---|---|---|
1 | 立教大学 文学部 | A判定 | 合格 |
2 | 獨協大学 外国語学部 | A判定 | 未受験 |
進学した学校
立教大学 文学部通塾期間
- 高3
-
- 新教育ゼミナール に 入塾 ( 集団指導(10名以上)/個別指導(1対2~3) )
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
塾の授業 | 家庭・自習 | |
---|---|---|
高1 | 通塾していない | 4時間以上 |
高2 | 通塾していない | 4時間以上 |
高3 | 1〜2時間 | 4時間以上 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
英語
苦手科目
国語
受験者の口コミ
受験の結果
指導してもらった内容が受験で生かされたから。
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・受験勉強だけでなく、学校活動も大切にしたこと
英字新聞を読んで、英語で要約、意見文を作成した。また、積極的に外部試験に挑戦して、出願資格の幅を広げておく事にも計画的に取り組んだ。様々なボランティアやたくさんの本を読んで、知識を蓄積したり、物事に対して自分の考えを持つようにした。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
進学先なついてだけではなく、将来について考える機会を大事にしてほしい。
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
学校からの情報
オープンキャンパスは人気のため、行く事ができなかったけれど、先輩や大学の資料からのたくさんの情報をもらい、じっくりと考えることができていたようだ。また、いくつかの大学を同じように調べてどこの大学が自分の学びに適しているかを判断するのが大事だと思う。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
本命 | 自身の偏差値+5以上 |
---|---|
滑り止め | 自身の偏差値ちょうど |
チャレンジ校 | 自身の偏差値+10以上 |
偏差値で選んだわけだはないが、併願校については、偏差値を意識して選んだ。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
偏差値ではなく、何をどこで学びたいのかを中心に選ぶことの大切さを伝えた。
塾での学習
受験時に通っていた塾
塾の費用について
通塾頻度 | 月額の費用 | |
---|---|---|
高1 | 通塾していない | 通塾していない |
高2 | 通塾していない | 通塾していない |
高3 | 週1日 | 10,001~20,000円 |
塾を選んだ理由
受験についてのたくさんの情報を持っているから
通塾することで最も大きく変化したこと
◎その他
受験についての情報をたくさん持っているので、過去問題や予想問題を効率的、効果的に提示してもらえた事で、すべき事が明確になり、より意欲的に学習するようになった。また、心の余裕もでき、計画的に受験準備をしていたたように思う。
通塾することで変化したこと
・苦手科目の成績が向上した
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
夏頃から入塾させてもよかったかなと思っている。
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・生活リズムが崩れないように心がけた
学校での行事や学習、友達との時間、部活動と忙しい中、帰宅後深夜まで勉強をしていたので、体調管理と心の変化により気を配った。特に前向きに慣れるような声がけを意識していた。その結果、落ち着いたら気持ちで学習に取り組んでいた。 自然と頑張る姿が見られた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
大学受験、偏差値についての話ではなく、将来について夢のある話を一緒にしていた。不安にさせるのではなく、どこの大学に行っても大丈夫だという親の気持ちをしっかりと伝える努力をした。そして、どっにでもなるという気持ちを持たせるようにした。
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塾の口コミ
新教育ゼミナールの口コミ
- 回答者
- 保護者
- 回答時期
- 2023年
勧誘も色々されてきたが、担当の方とも仲良くなれたし、先生方とも色々とアドバイスいただいたり子も親もとても感謝している。 合格発表の時に先生が生きていて、一緒に喜んだことが忘れられないと言っている。 共に頑張った?という思いがあるのか。。