鹿児島情報高等学校などに合格した郷中塾通塾生の体験記
- ニックネーム
- みな
- 回答者
- 生徒
- 学習開始時の偏差値
- 50
- 受験直前の偏差値
- 59
- 学習時間
- 一日4時間以上
- 月額費用
- わからない
受験者のプロフィール
進学前に通っていた学校
公立 中学校志望していた学校・受験結果
| 志望順 | 学校名 | 合格判定 | 受験結果 |
|---|---|---|---|
| 1 | 鹿児島県立甲南高等学校 | A判定 | 不合格 |
| 2 | 鹿児島情報高等学校 | A判定 | 合格 |
| 3 | 鹿児島高等学校 | A判定 | 合格 |
| 4 | 樟南高等学校 | A判定 | 合格 |
進学した学校
鹿児島情報高等学校通塾期間
- 中2
-
- 郷中塾 に入塾 ( 個別指導(1対2~3) )
- 中2冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
| 塾の授業 | 家庭・自習 | |
|---|---|---|
| 中1 | 通塾していない | 1〜2時間 |
| 中2 | 2〜3時間 | 1〜2時間 |
| 中3 | 4時間以上 | 1〜2時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
英語
苦手科目
社会
受験者の口コミ
受験の結果
自分が思っていたよりも努力できた結果だったから。
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・受験勉強だけでなく、学校活動も大切にしたこと
やりたいことはやって後悔しないということを大切にしていたので、学校行事や部活もギリギリまで頑張った。そのため、隙間時間や休みの日も塾に行って勉強時間を確保していた。勉強は基本的に塾か自習室でしかせず、オンオフを上手く切り替えた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
最後の最後まで気を抜かず!頑張れ!
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
学校見学・オープンキャンパス
1番学校のことを知ることができるという点と、自分が学校に通うイメージができるから。また先輩や先生たちがお話ししてくださって楽しみも増えるから。同じ志を持った他の学校の子たちにも会えるチャンスでより受験のモチベーションを高めることもできる。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
| 本命 | 自身の偏差値ちょうど |
|---|---|
| 滑り止め | 自身の偏差値-5以下 |
| チャレンジ校 | 自身の偏差値+5以上 |
現実的に可能かどうかを考えるため。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
周りにたくさん相談してアドバイスをもらって欲しい。
塾での学習
受験時に通っていた塾
ココがポイント
- 365日無休で学習習慣の定着を図る
- 生徒に合わせた個別カリキュラムをもとに指導
- 自分専用の机がある自習スペースを完備
塾の費用について
| 通塾頻度 | 月額の費用 | |
|---|---|---|
| 中1 | 通塾していない | 通塾していない |
| 中2 | 週2日 | わからない |
| 中3 | 週5日以上 | わからない |
塾を選んだ理由
第一志望に行きたかったから。
通塾することで最も大きく変化したこと
◎入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
とにかく成績が上がった。勉強は大の苦手だが、当時は勉強が苦でなく、楽しくできていたし、人生で1番勉強していた。思い返せば、いやいやではなく自分から「今日自習行く」と言っていた日が多かったし、ほぼ毎日塾に通うようになっていた。
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
・苦手科目の成績が向上した
・受験ならではのテクニックが身についた(時間配分など)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
先生が言うことをしっかりとこなして、自分を信じて頑張って欲しい。
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・生活リズムが崩れないように心がけた
勉強のオンオフを切り替えるため勉強は塾だけに集中すると本人が決めていたので、送り迎えや家での健康管理、メンタルケアなどを行い、しっかりサポートすることを徹底した。受験期は朝から夜まで塾に篭るようになったが、一度も体調やメンタルを崩すことなく受験を迎えられた。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
勉強の取り組み方は人それぞれ違うと思うので、その子にあった勉強が続くようにサポートすることが大切だと思います。勉強は塾派だったため、家ではリラックスできるように、勉強の話はせず、家族の時間を大切にしていました。