横浜国立大学附属横浜中学校に合格した栄光ゼミナール通塾生の体験記
- ニックネーム
- オレオ
- 回答者
- 保護者
- 学習開始時の偏差値
- 50
- 受験直前の偏差値
- 62
- 学習時間
- 一日2〜3時間
- 月額費用
- 50,001~100,000円
受験者のプロフィール
通塾期間
- 小2
-
- 栄光ゼミナール に入塾 ( 集団指導(10名以上)/グループ指導(4~10名未満) )
- 小6春
-
- 春期講習受講
- 小6夏
-
- 夏期講習受講
- 小6冬
-
- 冬期講習受講
学習開始時偏差値分布
1日あたりの学習時間推移
| 塾の授業 | 家庭・自習 | |
|---|---|---|
| 小4 | 1〜2時間 | 1〜2時間 |
| 小5 | 1〜2時間 | 1〜2時間 |
| 小6 | 2〜3時間 | 2〜3時間 |
受験時の得意科目・苦手科目
得意科目
数学(算数)
苦手科目
国語
受験者の口コミ
受験の結果
第一志望に合格
受験活動全体を通して、特に実践してよかったこと
・偏差値を気にしすぎず、カリキュラムや授業内容で志望校を選んだこと
まずは勉強をつける習慣のために塾に通わせた。きっかけは仲の良い友人が通っていたこと。あまり最初はテストの結果を重視するというよりも楽しく習慣づけを目的としていた。その後、自然と点数を子供自身が気にするようになり、偏差値向上につながっていった。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
あまり肩肘張らずに結果を最初は重視しないほうがストレスフリー。
志望校選び
志望校を決める際にもっとも役立ったもの
塾からの情報
最初は塾の紹介でこの学校を知った。実際に調べてみると横浜国立大の教育カリキュラムの実践の場所と知り興味が湧いた。実際に訪問してみると、場所は高台に位置しており、駅からは坂だが津波の心配もなく安心して通わせられる。
志望校を決める際にどんなレベル分けをしていたか
| 本命 | 自身の偏差値+5以上 |
|---|---|
| 滑り止め | 自身の偏差値ちょうど |
| チャレンジ校 | 自身の偏差値+10以上 |
高い目標を作らないと現状に満足してしまう
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、志望校を選ぶにあたって当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
頑張れば結果になってついてくる。
塾での学習
受験時に通っていた塾
ココがポイント
- 生徒の志望校や学習の様子などをもとに、一人ひとりに最適な受験戦略を提案してもらえる
- 妥協のない学習管理で、定期テストや入試の対策を合理的に進められる
- 教科別の担当講師全員が連携し、志望校合格まで伴走してもらえる
塾の費用について
| 通塾頻度 | 月額の費用 | |
|---|---|---|
| 小4 | 週3日 | 40,001~50,000円 |
| 小5 | 週3日 | 40,001~50,000円 |
| 小6 | 週4日 | 50,001~100,000円 |
塾を選んだ理由
友達と社会性も築いて欲しかったから
通塾することで最も大きく変化したこと
◎入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
まずは友達と仲良く、でも競争も必要だという社会性を学んだことは大きい。最初はただの仲良し友達という感覚だったと思うが、気づいたら良きライバルになっていたと思う。家で勉強しているだけではこの感覚は身に付かなってかったと思う。
通塾することで変化したこと
・入塾時から偏差値が大幅に向上した(+10以上)
併塾の経験はありますか?
いいえ
転塾の経験はありますか?
いいえ
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、塾での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
得意不得意はみんなあるものだよということ。
塾以外の学習
サポート体制
家庭での取り組み
・1日のスケジュールを一緒に作成した
・子供の勉強中は家族もテレビを消すなど、勉強の環境作りを心がけた
ずっとテレビやゲームを見続けてしまう習慣があったので、まずはテレビをつけない、ゲームは時間を決めてやるという対応をとった。最初から全てを取り上げるのは良くないと思ったので、徐々に対応していったのが良かったと思う。
もし受験活動開始時に戻れるとしたら、家庭での活動について当時の自分にどんなアドバイスをしますか?
まず一番言いたいのは結果は後からついてくるから焦らないこと。子供にも自分のペースがあるし、親の思いどおりには進まないという前提を持つこと。そうしないとストレスを持ってしまい、変な理由で子供を怒ってしまい悪循環になる。
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塾の口コミ
栄光ゼミナールの口コミ
- 回答者
- 生徒
- 回答時期
- 2021年
当時の英語の成績がとても悪く、担任からは「志望校に行けない」「工業に行くことになる」といわれ、英語だけ成績を上げるために通い始めました。