算数偏差値81.5で灘中に合格! 得意を伸ばし、苦手を克服した母子の取り組みとは?|親たちの中学受験体験記Vol.23
コロナ禍で学校生活が制限される中、「毎日を少しでも充実させたい」と始めた中学受験の勉強。その過程で、近藤さんの息子さんは算数のおもしろさに目覚め、力を伸ばしていきました。小6の夏には算数の偏差値が81.5に到達し、図形問題に引かれて挑戦した灘中にも合格します。
その偏差値だけを見ると、特別なケースのように感じられるかもしれません。しかし取材を通して見えてきたのは、子どもの興味を丁寧に観察し、得意を伸ばし、苦手とも真摯に向き合う母の姿でした。
小6夏休みの学習の進め方や、苦手な国語を過去問対策で補った工夫など、近藤さん親子の実体験を紹介します。
編集部
塾選ジャーナル編集部
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目次
【保護者プロフィール】
| お名前 | 近藤 洋子(仮名) |
|---|---|
| お住まい | 愛知県名古屋市 |
| 年齢 | 50代 |
| 職業 | パート |
| 性格 | 明るく、人見知りしない |
| 家族構成 | 夫、長男 |
【中学受験を行った子どものプロフィール】
| 子どもの名前 | 近藤 湊(仮名) |
|---|---|
| 性別 | 男子 |
| 現在通っている学校名 | 東海中学校 |
| 現在の学年 | 中学2年生 |
| 受験時にしていた習い事 | 日能研 |
| 得意科目 | 算数 |
| 苦手科目 | 国語 |
| 性格 | マイペースだが、明るく社交的で友人が多い。 |
| 偏差値 | 学習開始時期の偏差値:65 受験時期の偏差値:74 |
| 受験結果 | 灘中学校:合格(第一志望) 東海中学校:合格 滝中学校:合格 海陽中学校:合格 海陽中学校(特別給付)不合格 |
幼少期は文系より。中受の勉強で算数の才能が開花

―最初に、お子さんの中学受験を考え始めた理由・きっかけを聞かせてください。
小学校に入学してすぐに新型コロナが流行したこともあり、学校生活が物足りなさそうだなと思ったのが考え始めたきっかけです。名古屋はそれほど中学受験が盛んではなく、私立中学の選択肢も少ないのですが、息子は勉強が楽しめるタイプだったこともあります。
コロナ禍で学校行事やイベントも減っていましたし、中学受験に挑戦させた方が充実した毎日が送れるのではと考えたんです。
―息子さんご本人は中学受験に前向きでしたか?
身近な友だちにも中学受験をする子は少なくて、小学校のクラスに5、6人いるかいないかでした。だから息子も最初はよくわかっていなかったと思います。
ただ小さな頃から知識欲が旺盛で、小学校の授業では満たされないというのは本人も感じていたようです。日能研の授業を受けたら、「すごく楽しい!」 って喜んでいましたから。
―灘中に合格されていますし、算数の偏差値は小6の模試で81.5もあったと伺っています。幼少期から才がある様子でしたか?
1歳半でファックスに興味を持って数字を読めるようになり、よちよち歩きなのにスーパーマーケットで値段を読み上げたりするから、よく驚かれました。2歳でアルファベットやひらがなもおもちゃを使ってすぐに覚えたので、ほかの子よりも覚えたのは早かったと思います。
―学力を伸ばすために、何か工夫もされたのでしょうか?
いろいろと興味を示す子だったので、私もうれしくてパズルや本、ドリルなどを探して与えていました。都道府県に興味を持てば地図パズル、漢字が好きになったら漢検(日本漢字能力検定)のドリル、宇宙や歴史に興味を持ったら関連本、といった感じです。
私が付き添わなくても、ひとりでドリルなどは楽しんでやる子でした。せっかくだからと漢検を受けて、年中のとき10級に合格。勉強というよりも、興味を知識として深められる教材を用意して、達成感が得られるように検定も取り入れていました。
―算数だけに興味を示した訳ではなかったんですね?
算数に目覚めたのは日能研に入ってから。特に高度な問題になってくる小学5年生からです。数字が好きだったので、Baby Kumon(ベビークモン)に通ってみたこともあるのですが、その時はすぐ飽きてしまって続きませんでした。
近所にある学習塾で小学2年生くらいから算数を習っていましたが、補習塾だったので、勉強ができたかどうかはよくわかってなくて。私は「そつなくこなすなぁ、手が掛からないなぁ」ぐらいに思っていました。
私も夫も文系で中学受験の経験がありません。だから、突然メキメキと算数が伸びたときはびっくりしました。幼少期から暗記能力があるのは感じていたので、息子も文系なんだろうね、と夫婦で話していたくらいです。
算数の入試問題がおもしろい。その一心で灘中の受験を決意

―志望校選びは、親子でどのように進めましたか?
自宅から通うことを考えて、最初は志望校を東海中と決めていました。ですが、小学5年生になって成績がかなり上がったので、塾から勧められて関西受験も検討するようになったんです。実際に進学したいのは東海中でも、上の学校を目指して勉強したほうが学力を伸ばせるとのアドバイスだったので、「なるほど」と。
何より息子が灘中の算数問題、特に図形問題に夢中になって、受験してみたいと言うようになったのもあります。
「東海中への進学が前提だけど、せっかく灘中を受験するなら合格したい?」と聞くと、「合格したい!」と即答だったので、小6の後期から親子で真剣に灘中対策に取り組むようになりました。
―学校見学には行かれましたか?
東海中、海陽中、滝中と、実際に通学が可能な中学校をいくつか見学しました。
文化祭も楽しそうでしたし、校舎がとてもきれいな中学校もありました。でも、充実した設備に私が興奮していても、息子はまったく気にも留めないんです。
―息子さんはどのような点を重視して、志望校や併願校を決めたのでしょう?
算数の入試問題です。東海中もそうですが、とにかく灘中の算数の問題が好きだったみたいです。合格した翌年も灘中の算数の入試問題を解いていたくらい。
他にも何校か「算数の相性が良いから」と塾から勧められ、過去問を見て本人の希望も確認して併願校を決めたのを覚えています。
―併願校も含め、男子校が多いですよね? そこはこだわりがありましたか?
女子の友だちがいないわけではなかったんですが、男子校の方が面白そうだと。男子だけの方が、幼くて単純でノリが合うみたいです。
\志望校・受験校選びのポイント/

塾の特別選抜クラスには通わず、興味のあることを深く学ぶ時間をつくる

―塾はどのように決められましたか?
難関中学に強い浜学園も体験授業を受けたのですが、授業の進度やレベル、宿題の量が必要以上になってしまうと思ったんです。だから、自宅近くの日能研に小学3年生の9月から通うことにしました。
日能研でもZクラスという最難関校を目指す特別選抜クラスがありますが、遠くの教室に通わないといけなくて息子が嫌だというのでMクラス(上位クラス)に入りました。
他塾に比べると授業の進度がゆっくりで詰め込みもないので、家庭学習にもゆとりがあってよかったです。自分の興味に合わせて深掘りしたい息子にはピッタリでした。
―通塾は週に何回? 何科目を受講しましたか?
小学3年生は週1回、小学4年生は週3回、小学5〜6年生で週4回、通いました。灘中は3科目受験ですが、愛知県の私立は4科目受験なので、4科目を受講しています。
日能研のMクラスには難関校を目指す生徒向けのG講座(本科教室にプラスして受ける講座)というのもあって、灘中対策はそのG講座を活用していました。
―塾に通いはじめてから、息子さんの勉強の様子や成績に変化はどのようにありましたか?
小学5年生の前期までは、あまりガツガツ勉強することもなかったです。塾の宿題はちゃんとこなしていましたが、公園遊びやゲームもそれまでと同じようにしていました。
私はSNSなどで受験情報をチェックしていたので、この進度で間に合うのか、勉強量は足りているのかなどと不安はありました。でも思い返せば、遊びと勉強の切り替えが上手くできていたんだと思います。
公園でサッカーをするのが好きで、塾に行く前にギリギリまで遊んでいましたが、模試の成績も65くらいをキープできていました。算数にはまり出して、偏差値が大きく伸びたのは小学5年生の後期だったと記憶しています。
\塾選びのポイント/

小6夏の対策で算数の偏差値は81.5に。苦手な国語も過去問分析でカバー

―算数に夢中になる、得意になるきっかけは何かありましたか?
算数の楽しさを教えてくれたのは、小学5年生のときの日能研の先生です。先取り学習はしないのが塾の方針でしたが、「比」を使うあたりから難易度が上がって算数がおもしろくなるよと、息子の期待感を上手く高めてくださいました。
言葉どおりに難易度が上がってくると息子は算数に夢中になり、難問を時間をかけて解くようになりました。特に図形問題が好きで、6年生のときは自分で問題を作成して楽しんでいました。
一方で正確に計算をする力が足りてなくて、当初は計算ミスが多かったです。そこで小学5年生から塾の教材に計算ドリルを加えて、正確性を磨きました。これで計算ミスをグッと減らすことができましたね。
―苦手な科目はありましたか?
国語が苦手で、偏差値が算数よりも20下回ることがありましたね。中学受験を決めてから、もっと読書をさせておけばよかったと後悔しました。
もともと文字を覚えるのが好きだったので、読み聞かせるよりも読みたいものを自由に読ませていたんです。幼稚園の頃に科学マンガがいいかなと思って読ませていたのですが、それから活字よりマンガを選ぶようになってしまって。
―国語が苦手なんですね。対策はどのようにされましたか?
暗記は得意だったので、漢字や語句は確実に覚えるようにしましたね。ここは素直にマンガ形式の教材の力を借りています。
長文読解は最後まで対策が上手くいかず、模試の偏差値が上がらなくて。過去問対策をするようになってから、ようやく志望校の合格点に届くようになりました。
たとえば灘中の場合、読解文章はさほど長くありません。記述問題はパターンがあるので、過去問をたくさん解きました。そのパターンを覚えてからは、驚くほど点が取れるようになりましたね。
記述問題の採点は本人にはできないので、週1で受講していた日能研のG講座で先生に見てもらいました。丁寧に採点してくれて良かったです。
―算数の偏差値が81.5まで伸びたのは、どんな取り組みが効いたのでしょうか?
小学6年生の夏休みがカギだったと思います。今まで積み上げてきたものを完璧にしようと、過去問や塾のテストから足りていない部分を洗い出して苦手を潰していきました。
日能研の夏期講習テキスト内にある共通問題を一通り解いて、チェックリストにまとめた間違えた問題をまた解き直して……という感じです。この取り組みが苦手を克服するのに効果的でした。
おかげで夏休み明けの模試で算数の偏差値が81.5まで伸びました。
\受験勉強のポイント/

中学受験が少ない地域ならではの不安も。SNSで情報収集

―家庭でのサポートについて教えてください。中学受験に際して、子どもに伝えたことはありますか?
私が中学受験レベルの勉強を教えることはできないし、家庭教師を雇うほどのお金もないから、絶対に塾でしっかり理解してきてと伝えました。
塾の先生にも「質問するのが苦手な子だから、質問をしやすいタイミングをつくってほしいと」お願いして。子ども側と先生側、両方に希望を伝えたおかげで、自分できちんと聞いてくるようになりました。
―中学受験をすることで、お母さまが不安だったことはありますか?
名古屋は首都圏や関西圏ほど中学受験が盛んではない地域なので、受験情報を共有・相談できる人が、塾の先生以外では少なかったことです。
もちろん塾の先生は頼りになりますが、他の視点の情報も知りたくて。だからX(旧Twitter)やアメーバブログなど、SNSをたくさん見て情報を集めました。
―その中でも取り組んで良かった、家庭での勉強法は?
私の場合、勉強そのものを教えることができません。だからこそ、息子が苦手な単元とおもしろがっている単元は細かく把握するようにしていましたね。
苦手を助けるような参考書だったり、好きを伸ばしてくれそうな問題集だったり、調べては買ってきて渡しました。様子をうかがって、歯が立たないようなら引っ込める。実力がついてきたらまた渡してみる。そのバランスを工夫しました。
過去問を解く中で何が足りないかは本人が分析します。その分析結果は私がまとめていました。Excel(エクセル)で進捗管理しやすいように整理して、親子で上手く活用ができていたと思います。
\サポートのポイント/

灘中に合格。進学先は息子の意思を家族会議で確認

―どのような受験日程だったのでしょうか?
12月に海陽中を受けて、1月に灘中、2月に東海中、滝中の順で受験しました。
入試の1週間前に高熱が出るアクシデントもありましたが、受験当日までにどうにか体調が戻って本当に良かったです。受験への影響がすごく不安で私が泣いてしまうこともありましたが、息子はどっしり「大丈夫」と構えていて、すごく頼もしかったですね。中学受験を通していつの間にか、メンタルもかなり成長したと思います。
―入試本番はどのように送り出しましたか。
灘中の受験はホテルに前泊したので、いつもと違う環境でもリラックスさせようと入浴剤を持参しました。そのおかげか、夜更かしするタイプなのに、その日は9時半には寝てくれました。
当日は塾に集合してからバスで灘中に向かうのですが、とてもリラックスしていました。やるべきことはやりきったという思いが、平常心につながっているのを感じましたね。
―灘中を含め、全校合格という素晴らしい結果ですが、この結果につながったポイントは、どんなところだと思いますか?
得意な算数は好きなだけ追求させて、苦手な国語は過去問を徹底してパターンを覚えたことだと思います。チェックリストで苦手を管理できたのも良かったですね。
あとは塾の方針を信頼できたこともプラスだったと感じています。途中、授業の進度がネットで知った情報と違っていて不安を覚えることはありましたが、ゆっくりだったからこそ丁寧に勉強できました。灘中に合格できたのも、そのおかげではないでしょうか。
─灘中は最難関校のひとつですよね。合格後、やっぱり灘中に通わせたいとは考えませんでしたか?
母子で移住してでも、ってことですよね。もちろん、考えました。
受験結果が出そろったとき、家族会議を開きました。多数決で灘中と東海中、どっちに進学するかを決めようと。正直、私は「移住してでも行かせたい」と思いました。夫は最初から自宅通学以外はないと考えていました。最後は息子次第でしたが、彼は東海中を選んだんです。
灘中の受験を決めたときに「進学するのは東海中だよ」と念を押し過ぎたからかもしれません。あるいは、ただ算数の問題に挑戦したかっただけで、名古屋を離れるイメージがなかった可能性もあります。

─それを踏まえて、現在の様子、東海中学校での生活ぶりはいかがですか?
東海中学校は文化祭やサタデープログラムなど、生徒主体の活動が盛んです。個性を重んじる自由な校風で、息子もしばらくはたくさん遊ぶと決めているみたいです。定期考査前の勉強もまったくしていなくて成績順位は100番を超えてしまいましたが、それでも楽しそうに学校に通っています。
せっかく勉強習慣を身につけたのにもったいない気もしますが、頑張ってこの環境を手に入れたのは息子です。高校でまた頑張るからというので、信じて今は見守っています。
\中学受験を振り返って感じたこと/

取材後期
幼少期から数字や言葉に強い興味を示していた近藤さんの息子さん。一見すると突出した才能の持ち主のようにも映りますが、取材を通して強く印象に残ったのは、才能そのものよりも、子どもを丁寧に観察し続けてきた母の姿でした。
近藤さん一家は、子どもの旺盛な知識欲に寄り添いながら、その時々に合った学びの環境を整えてきました。無理な詰め込みはせず、本人の興味と両立できる塾を選択し、SNSなどで得た情報もうのみにすることなく、わが子に本当に合うかどうかを冷静に見極めてきたといいます。また、いわゆる母子移住という選択は取らず、自宅から通える学校を一貫して選び続けるなど、家庭としての方針をぶらすことはありませんでした。
高い目標に挑戦しながらも、最終的な判断軸は常に「家族としてどうありたいか」。その姿勢を積み重ねてきたことこそが、近藤さん一家の何よりの強みだったのではないでしょうか。
執筆者プロフィール
塾選ジャーナル編集部です。『塾選ジャーナル』は、日本最大級の塾検索サイト『塾選(ジュクセン)』が提供する、教育・受験に関する総合メディアです。保護者が知っておきたい受験や進路情報をお届けします。
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