新潟から三島へ教育移住。勉強に消極的だった息子はなぜ「塾行きたい」と言うようになった?
移住前は勉強に消極的だった息子が、今は「塾に行きたい」と自ら学びへ向かうように──新潟市から静岡県三島市へ教育移住した石川さんは、当時20代前半と若くして自然体験と質の高い教育環境を求めて、家族3人での移住を決断しました。
月に一度の遠足や県外への体験学習が充実した小中高一貫校を選び、移住から約3年。「今はすごく幸せ」と実感を込めて語る一方で、「地域に溶け込むことが一番大変だった」とも率直に当時を振り返ります。
転勤と教育移住が重なった決断の経緯から、学校選びの過程、三島での暮らしのリアルまで。地域コミュニティへの溶け込みで味わった苦労や、家族に訪れた変化についても、詳しく語っていただきました。
編集部
塾選ジャーナル編集部
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目次
【保護者プロフィール】
| お名前 | 石川 研二(仮名) |
|---|---|
| 年齢 | 25歳 |
| 移住前の居住地 | 新潟県新潟市 |
| 家族構成 | 3人家族(父・母・息子) |
【子どものプロフィール】
| 子どもの名前 | 石川 楓馬 |
|---|---|
| 性別 | 男子 |
| 学年 | 小学4年生 |
| 性格 | 社交的、活発、外遊び好き |
【移住の概要】
| 移住先 | 静岡県三島市 |
|---|---|
| 移住元 | 新潟県新潟市 |
| 移住時期 | 2022年12月 |
| 移住形態 | 家族移住 |
| 子どもの年齢(移住当時) | 7歳 |
| 学校 | 加藤学園暁秀初等学校(学校法人・小中高一貫校) |
| 準備期間 | 約3か月 |
| 見学校数 | 3校 |
新潟から三島へ──仕事の都合が「教育移住のチャンス」に
―まずは、教育移住を考え始めたきっかけから教えてください。

三島駅前に広がる楽寿園正面入り口の様子(イメージ写真)
一つは息子の教育環境を変えたいという想い、もう一つは自分の仕事の転勤が決まっていたことでした。
それまでいた新潟の市街地での暮らしに、不満があったわけではありません。ただ、冬になるとものすごく寒くて、息子がほとんど家にこもるような状態が続いてしまって。
学力面だけでなく、自然体験や地域の人との関わりも含めて、もっと違う価値観に触れられる環境はないかなと考えるようになりました。自分も妻も田舎の自然の中で育ってきたので、息子にもそうした経験をさせたいという考えもあったんです。
―教育移住を決断するにあたって、転勤との関係はどのようなものでしたか?
転勤が決まる前から、教育移住はしたいと考えていました。隣県にある軽井沢を検討していたところ、ちょうど会社から静岡への転勤の話が来て。
「これはチャンスかもしれない」
と直感しました。単身赴任も一時は考えたのですが、そばで家族を守らなければいけないという責任感もあって。それに、息子には小さなうちから自然や新しい刺激に触れてほしい気持ちもあったんです。
結果的には転勤の話が後押しになって、教育移住を決断できました。
―移住先に、静岡県の中でも「三島市」を選ばれた理由は何でしたか?
転勤先は静岡と決まっていましたが、県内のどこに住むかは白紙でした。そこで、まず学校選びから始めたんです。息子がなじめそうか、教育に力を入れているか。学校の雰囲気やクラスの様子、周辺施設や通学距離などを見ながら、慎重に絞っていきました。
そのうえで、調べるうちに「三島」という地域に魅力を感じるようになりました。静岡県の東側に位置していて、のどかだけど東京へのアクセスも悪くない。東京ディズニーランドや富士急ハイランドといった、子どもが好きなテーマパークにも比較的行きやすいです。
隣りの長泉町には、ここ数年で商業施設が次々と建ち始めていて活気がある。三島・沼津周辺には教育目的で他県から移住してきた家族も少なくなく、名古屋方面から来られた方も住んでいます。
商業施設だけでなく、公園や動物園など自然と触れ合える場所も多い。富士山が近いので水もとてもおいしいんです。自然環境と都市機能のバランスがちょうどいいところが決め手でした。

駅から少し歩くと、美しい水路が広がる三島の市街地(イメージ写真)
―ご家族にはどのように伝えましたか?
移住する3、4か月前ぐらいに、妻と息子へ同時に伝えました。家族会議のような形です。
妻の最初の反応は、少し驚いている様子でした。最初は冗談交じりに聞いていたと思うのですが、仕事の転勤があること、息子の教育環境が変わればより成長できるのではないかということを丁寧に伝えて、最終的には理解してくれました。
息子は当時7歳で、「なんで行くの?」「ちょっと嫌だ、怖い」と言っていましたね。ただ、普段から息子と過ごす時間が長かったこともあって、最後は「行くよ」と。まだ幼い年齢でしたが、成長とともに理解してくれるだろうと信じて、前へ進むことにしました。

月1回の遠足に県外体験学習──加藤学園と三島を選んだ理由
―移住先の学校選びはどのように進めましたか?
候補は加藤学園を含めていくつか挙げて、そのうち3校を息子と妻と一緒に見学しました。
情報収集はGoogle Mapsで立地や周辺を調べたり、学校の口コミを確認したり。そのうえで、「学校の雰囲気」や「通学環境」「放課後の過ごし方」といった具体的な部分は、どうしても直接見ないとわからなかったと思います。
―加藤学園を選んだ決め手は何でしたか?
一番は学校の雰囲気と先生方の温かさです。
見学に行ったとき、先生方がとても優しくて、アットホームな雰囲気でした。「ここなら息子を安心して預けられる」と感じたんです。それに、施設や設備などの環境面がしっかり整っていたことも大きかったです。生徒も優しい子が多い印象で、総合的に加藤学園がいいと判断しました。
場所も三島市の隣の沼津市にあり、小中高一貫で教育移住の受け入れ実績も豊富。「他県から移住してきたご家族も多い」とあらかじめ先生方から聞いていたことも、決め手の一つになりました。

三島から沼津まではJR東海道本線で1駅と近く通学もしやすい(イメージ写真)
―教育方針やカリキュラムの面ではいかがでしたか?
月に1回の遠足があるのは大きな魅力でした。箱根や日光東照宮など県外にまで連れていってくれますし、陶芸体験や畑でのサツマイモ掘り、博物館や美術館の見学など、普通の小学校ではなかなかできない体験学習が充実しています。そうした体験の豊かさに加えて、学力面でも質の高い教育を受けられるという点が、最終的な決め手になりました。
自分も土日に仕事が入ることがあって、どうしても息子を連れ出せない時期もあるんです。そういうときでも、学校が月1回の遠足や行事を通じて友達との思い出をつくってくれる。親として、それはすごくありがたいことでした。
―費用面はどのように判断されましたか?
正直なところ、学費は高めです。妻にも「ちょっと高すぎない?」と言われたこともあります。ただ、自分は“費用対効果”を重視していました。学費が多少高くても、これだけの経験をさせてくれるなら、息子が楽しく成長できる環境として十分だと。
息子のためだと思って、惜しみなく払おうと決めました。

20代前半で住宅ローン、地域に溶け込む苦労──暮らしのリアルと乗り越え方
―住居はどのように決められましたか?
最初は賃貸に入り、そこを拠点に自宅を探しました。最終的に、駅から少し離れたエリアで、中古のリノベーション済み戸建てを購入しています。息子が伸び伸びと遊べる環境を優先しました。
ただ、契約時は自分がまだ23歳ぐらいだったので、ローンの審査が通るかどうかは不安でした。副業の収入も合わせて、なんとか通ったという感じです。三島でもそれなりの値段はするので、ちょっとびっくりしましたね。引っ越し費用や家具家電の買い替えなどの初期費用だけでも40〜60万円ほどかかりました。
ちなみに、月々の支出は住宅ローンや学費を含めて25〜30万円ほどです。生活費自体は、新潟にいた頃とあまり変わらない印象があります。
―お仕事はどのように調整されましたか?
自分はシステムエンジニアとして勤務していて、新潟にいた頃はリモートワークが週1〜2回、出社が中心でした。移住を機に会社に相談して、今は週5日のうち4日をリモートワークに切り替えています。
そのおかげで、仕事の後に息子と出かけたり、習い事の送り迎えをしたりと、融通が利くようになりました。いい会社に入れてよかったなと思っています。
妻は接客業をしていて、共働きです。自分は副業でもシステムの保守・運用を請けていますが、静岡からだと東海地方のクライアントにも直接会いに行きやすく、仕事面ではむしろやりやすくなりました。
―移住にあたって、特に不安だったことはありますか?
息子の友達関係も含めて、初めて訪れる土地で家族が地域の方々とうまくやっていけるのか。移住前からいちばん気がかりだったことですし、実際に移住してからとても苦労したことの一つです。
「あの家族、移住してきたんだ」と地域内で噂になることがあって。「若いのによくやってるね」と言われることも多く、最初はあまりいいイメージを持たれていなかったかもしれません。
帰宅時にご近所の方と目が合って、ちょっと気まずくなることもありました。最初の頃は、もうドキドキしていましたね。
―その状況を、どうやって変えていきましたか?
公園の清掃活動や地域の交流会に参加したり、休みの日には息子を連れて挨拶をしたり。できることを少しずつ積み重ねていきました。無理に仲良くなろうとするのではなく、自然体の姿を見てもらうことが、結果的には最も効いたと感じています。
学校の参観日や運動会も、保護者同士のつながりを広げる大切な場になっています。周りの保護者は自分より上の世代が多いですが、気さくに話しかけてくださる方が何人もいたのは救いでした。
自分も行事にはなるべく仕事を休んで参加するようにしていて、少しずつなじんでいったんです。ただ、なかなかなじめずに、結局地元に戻ってしまう方もいると思います。地域に溶け込むことは、国内の教育移住で一番悩まされる部分かもしれません。
―実際に暮らし始めて、新潟との違いを感じた部分はありますか?
一番は気候ですね。静岡は冬でも暖かくて、その点は息子にとってすごくよかった。加えて、人の気質というか、空気感はやはり違います。最初はその違いに戸惑う場面もありました。
あとは、事前にネットで調べていた情報と実際の感覚にギャップがある部分もありました。先ほども触れた地域の雰囲気や住民の方々の感じは、やっぱり暮らしてみないとわからない。その意味では、どれだけ調べても不確実な部分は残るんだなと実感しました。
―地元の新潟が恋しくなった時期はありましたか?
はい。移住して半年ほど経つまでは、地元が恋しくなることもありましたね。気候も人柄も新潟とは違いますし、地元での暮らしの感覚がなかなか抜けなくて。実際、未だにその感覚が完全になくなったわけではありません。
でも、徐々に息子が学校で楽しそうにしている姿を見ることが増えて、「あ、この子はここで長くやっていけそうだな」と感じるようになったんです。息子が成長できそうな可能性を実感して、この新天地で頑張ってみようと思えました。

「塾に行きたい」と息子が言い始めた──移住3年で家族に起きた変化
―移住されて約3年が経つと思いますが、息子さんの一番大きな変化は何ですか?
性格がすごく明るくなりました。冬でも暖かい土地に移って、一年の中で外で過ごす時間も増えたんです。
とはいえ、最初からうまくいったわけではありません。慣れない環境に緊張してしまって、夜もなかなか寝つけない日が続いていました。学校から帰ってきては「今日も疲れちゃったよ」と口にしていて。
少し負担をかけてしまったなと感じていたのですが、今は友達を家に連れてくるくらいにまでなって、一緒にサッカーや野球をして遊んでいます。習字とスイミングスクールにも通い始めて、すっかり活発な子になりました。
生徒数が多く、自分に合った友達を見つけやすかったのが、好影響だったのかもしれません。息子がたくさん友達を連れてきてくれるのを見ると、父親としては何よりうれしい。
今はすごく幸せだなと感じています。
―学習面での変化はいかがですか?
「塾に行きたい」「漢検や英検にもチャレンジしたい」と、自分から言うようになりました。その言葉を聞いたときに、「教育移住も悪くないな」と心から思いました。
新潟にいた頃は、そもそも勉強に対してそこまで積極的ではなかった。それを踏まえると、すごく大きな変化なんです。
学校の先生方は勉強の教え方も上手です。慣れない環境に順応していく経験を経て、息子の中に主体性も生まれているのだと感じています。
―ご家族の関係にも変化はありましたか?
リモートワークが中心になったことで自分が家にいる時間が長くなり、家族のコミュニケーションは確実に増えました。息子との距離もぐっと縮まって、今は本当に仲のいい友達みたいな感じで過ごしています。

修善寺橋の鯉のぼり。三島の周辺には家族で訪れて楽しい観光エリアも多い(イメージ写真)
―息子さんは今後、加藤学園中学校・高等学校へ進学される予定ですか?
はい。中学・高校と、同じ加藤学園に進学していく予定です。その先で大学に進学するか就職するか、進学の場合どこの大学へ進むかは、本人の意志に委ねようと思っています。
将来の夢は「電車の車掌さん」と息子は話していますが、どんな夢でも親として全力でサポートしていきたいです。
―最後に、教育移住を検討されている親子へのアドバイスをお願いします。
自分たちの経験から感じるのは、移住はゴールではなくスタートだということです。
実際、住む場所を探すところから、地域に溶け込むところまで、移住してから手探りでなんとかしていく日々でした。その覚悟があるかどうかで、移住後の過ごし方はだいぶ変わると思います。
あとは、私たちにとっては移住前の家族会議の時間がすごく大事でした。
子どもの性格をよく見て、本人の意見をちゃんと聞く。自分たちも学校の口コミや駅からのアクセス、実際にそこで生活していけそうかどうかを調べたうえで、「ここなら大丈夫」と思える場所を選びました。振り返ると、その過程が結果的に一番のポイントだったのではないかと感じています。

取材後記
石川さんのケースで印象的だったのは、勉強に消極的だった息子さんが「塾に行きたい」と自ら口にするようになったという変化です。そしてその背景には、学校環境の力だけでなく、慣れない土地で地域コミュニティに溶け込もうと地道に努力を重ねたご家族の姿もありました。清掃活動や交流会への参加、休日の挨拶回り。派手な解決策ではなく、日々の積み重ねで関係を築いていった経験には、国内移住ならではの実践知がにじんでいます。
教育移住の選択肢は海外だけではありません。石川さん一家の約3年間は、国内でも環境を変えることで子どもの可能性が開けることを示す、一つの証左といえるかもしれません。
執筆者プロフィール
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