円安と学費、ビザ更新、住まい探し──母子ふたりのマレーシア教育移住から学ぶリアル
「まず行ってみよう」–– そう決めて、子どもと二人でマレーシア・クアラルンプールへ渡った田中さん。シングルマザーと子どもの二人家族だからこそ、移住のハードルは決して低くはありません。移住先と学校をどう選んだのか、円安が直撃する生活のリアル、そして子どもに起きた変化と帰国の見通し。「完璧な準備より、まず一歩」で進んできた教育移住の実践を、率直に語っていただきました。
移住先と学校をどう選んだのか、円安が直撃する生活のリアル、そして子どもに起きた変化と帰国の見通し。「完璧な準備より、まず一歩」で進んできた教育移住の実践を、率直に語っていただきました。
編集部
塾選ジャーナル編集部
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目次
【保護者プロフィール】
| お名前 | 田中 三奈(仮名) |
|---|---|
| 年齢 | 36歳 |
| 移住前の居住地 | 三重県 |
| 家族構成 | 2人家族(母・息子) |
【子どものプロフィール】
| 子どもの名前 | 田中 優太 |
|---|---|
| 性別 | 男子 |
| 現在の年齢 | 8歳 |
| 性格 | 少し人見知り。比較的誰とでも仲良くなれる |
【移住の概要】
| 移住先 | マレーシア・クアラルンプール |
|---|---|
| 移住時期 | 2024年8月 |
| 移住形態 | 母子移住 |
| 子どもの年齢(移住当時) | 7歳 |
| 学校 | インターナショナルスクール |
| 学費 | 約120万円(年) |
| 準備期間 | 約1年 |
| 見学した学校数 | 4校 |
コロナで断念、数年越しの再挑戦──移住先にマレーシアを選ぶまで
―はじめに、教育移住を考え始めたきっかけを教えてください。
もともと、私の中には「いつか子どもと一緒に家族で海外に住みたい」という気持ちがありました。
その背景には、私自身が学生時代に留学を経験したことがあります。当時感じたのは、日本での当たり前は、世界では必ずしも当たり前ではないということでした。世界にはいろいろな人がいて、いろいろな価値観がある。息子も子どものうちに、そのことを肌で感じて、将来に向けてより視野を広げてほしい。そう考えていたことが、移住を決めたきっかけになりました。
―お子さんがまだ幼いうちに、移住を決められた理由はありますか?
できるだけ早いうちに、という気持ちはありました。理由は大きく2つあります。
一つは英語です。幼少期のほうが言語の吸収が早く、抵抗なく身につけられる。
もう一つは価値観の幅です。小さいうちから異なる文化に触れていれば、“違う”ということが当たり前になる。逆に物心がつくまで日本の環境のみで育ったら、違いを受け入れるときの負荷が大きくなるのではと感じていました。
―確か、最初に海外移住を実行に移されたのはフィリピンだったそうですね。
はい。2020年の初め頃、セブ島へ母子移住しました。
ちょうど現地の家政婦さんに家事や育児を任せながら自分は現地企業で働く、みたいなライフスタイルが注目され始めたころです。ネット上でそうした暮らしを発信している方を見つけて、「これならシングルマザーの私でも、子どもと二人で移住できるかもしれない」と思ったのが最初のきっかけです。
ただ、実際にセブへ渡った直後にコロナが来て、1か月弱で帰国せざるを得ませんでした。
―帰国後、マレーシアへ再挑戦するまでの数年間はどんな気持ちでしたか?
いつかまた、どうにかして移住したいという気持ちはずっとありました。諦めてはいなかったです。
―今回の移住先として、マレーシアを選ばれた理由を教えてください。
一番大きかったのは治安です。基本的な注意を払っていれば母子二人でも安心して暮らせる環境であること。加えて、日本人が多く住むエリアがあり、日本の食材や調味料が比較的手に入りやすい点も重視しました。海外生活に慣れていない段階で、食事まわりの不安が少ないのは重要だと思ったんです。
2022年の夏に知人が現地にいたこともあって、2週間ほど下見にも行きました。街の雰囲気や買い物環境を実際に確かめてみて、「ここなら暮らせる」と感じて、移住先として決めました。

クアラルンプールのシンボルペトロナスツインタワー。
麓には子ども向け遊具がたくさんある公園もある。
―移住のことを伝えた際、お子さんの反応はいかがでしたか?
日本では祖父母と一緒に暮らしていたので、家族と離れることへの寂しさはあったようです。
ただ、海外に行くこと自体への抵抗はありませんでした。フィリピンへの渡航経験に加えて、5歳の時にマレーシアへ2週間、6歳手前でも2か月ほど滞在した経験があったので、本人にとって海外生活はそこまで特別なことではなかったのだと思います。
それに、私がずっと移住したがっていたのも見てきていたので、「お母さんはいつか行くんだろうな」とどこかで受け入れていたのかもしれません。

学校見学は4校、決め手は「日本人の少なさ」──入学前の1か月シミュレーション
―学校選びはどのように進めましたか?
見学には全部で4校ほど行きました。もともと第一希望の学校があったのですが、ビザの手続きがなかなか進まず、断念せざるを得なくて。他に2校見学したものの、雰囲気が合わないと感じて候補から外しました。
そんなタイミングで、現地の移住仲間のような方が今の学校を紹介してくれたんです。見学に行ってみると、先生方がとても親身で、入学手続きだけでなく近隣のコンドミニアムを紹介してくれたり、第一希望の学校でネックとなったビザの問題にも柔軟に対応してくれました。
入学後もそうしたサポートの手厚さは続いていて、他校と比べても安心感があります。
―学校選びで特に重視されたポイントは何でしたか?
まずは、日本人が少ないことです。日本人の多い学校だと、休み時間にどうしても日本語話者で固まってしまいがちで、英語を使う機会が限られてしまう。日本人が少ない環境であれば、必然的に他の国の子どもたちと英語でやりとりすることになります。せっかく海外に移住する以上、その条件は譲れませんでした。おかげで入学当初、息子は2年生でしたが、1・2年生で日本人は自分だけという環境でたくさんの友だちができました。
もう一つは、マレーシアのインターナショナルスクールならではの行事の多さです。異文化に触れるイベントが日常的にあることも、学校選びの決め手になりました。
―イベントというのは学校行事のことですか?
はい。たとえば、いま通っているインターでは、旧正月には「チャイニーズ・ニューイヤー」として中国の伝統衣装を着てダンスや発表会があります。ヒンドゥーの祭事である「ディパバリ」の時期には、関連する装飾品を工作をしたり、民族衣装を着て登校してお祝いしたり。
多民族国家ならではの行事が年間を通じてあるので、子どもが自然と異文化に触れられる環境になっています。
―入学してみて、想定と違った部分はありましたか?
中華系の生徒が多いインターを選んだこともあり、ローカルのマレー系の方と関わる機会は想像していたより少なかったです。ただ、この辺りはどの学校を選ぶにしても必ずある、トレードオフのうちの一つだと思います。すべての条件を満たす学校はなかなかないので、自分が譲れないポイントを絞って選ぶことが大事だと感じました。
もう一つは、学習面の緩さです。宿題は週末に出る程度で、内容もそこまで厳しくチェックされない、形式的なものが多いです。日本の学校と比べると管理はかなり緩いので、学力をしっかり伸ばしたいと考えている方は、家庭学習をどう補うか事前に設計しておく必要があると思います。
―インター入学前には日本人向けの語学学校に通われたそうですね。
本格的な移住の約1年前に、長期休みを利用して1か月半ほどマレーシアに滞在しました。
当時はちょうど在宅の仕事を始めた時期だったので、私は現地で仕事をしながら、子どもは日本人向けの語学学校に通うという生活を試してみたんです。移住後の暮らしを親子で事前にシミュレーションする目的でした。
語学学校自体は、インター入学までのつなぎという位置づけではありました。ただ、この1か月半で、マレーシアでの生活がどういうものかを親子ともに体感できたことは大きかったと思います。子どもにとっても、まったく未知の環境に飛び込むのではなく、ある程度イメージを持った状態で移住に臨めたので。

旧正月のダンスの衣装や中国を連想する赤色を着て登校した日のクラス写真。

インターナショナルデーのイベント展示。
―英語の習得がほぼゼロの状態で入学するお子さんへの、フォロー体制はありましたか?
はい。英語強化プログラムがあり、英語の習得がほぼゼロの子どもでも英語が一定のレベルになるまでは、そこで集中的に指導を受けられます。このプログラムがあるおかげで、入学時点の英語力を過度に心配する必要はありませんでした。
このプログラムを受講する必要があるかどうかは入学時のテストで判断されます。テストと言っても合否を決めるためのテストではなく、レベルチェックを目的としたものなので安心です。
ただ、こうしたサポート体制は学校によって異なるので、入学前に確認しておくことをおすすめします。

学費120万円、家賃は為替で2割増し。費用・ビザ・生活トラブルのリアル
―費用について教えてください。学費や生活費はどのくらいかかっていますか?
学費は年間約120万円、家賃は日本円換算で約9万円弱、月々の生活費は約15万円です。
円安の影響はかなり大きいです。学費はもともと100万円前後を想定していたのが、為替の変動で120万円まで上がりました。家賃もリンギットベースでは変わっていないのに、日本円に換算すると当初の約7万円から9万円近くまで膨らんでいます。
―その住居はどのように探されましたか?
最初の1か月は、以前の下見でも利用したAirbnbで仮住まいを確保しました。その間に現地で物件を回り、本格的に住む家を決めるという流れです。
物件探しには「i Property」というマレーシアの不動産サイトを使いました。学校からも「このあたりのコンドミニアムにスクールバスが出ている」といった情報をもらえたので、それを手がかりに自分で見に行って決めました。
内見から2週間後には入居できるスピード感で、空きがあればすぐ契約・入居できるのがマレーシアの特徴です。日本のように2か月前くらいから動き始める感覚とはまったく違いますし、逆に早く動きすぎると「まだ早い」と言われることもあるようです。
―移住にあたって、お仕事の面ではどのような準備をされましたか?
パソコン1つで日本と仕事ができるよう、新しくWebデザインを学びました。フリーランスとしてデザインの仕事ができるようになり、すべてリモートで完結しています。日本にいた頃は別に本業があり、デザインは副業として続けていたのですが、移住を機に本業を辞めてフリーランス一本に切り替えました。
自分でスケジュールを組めるので、子どものインターの行事にも柔軟に対応できる。教育移住との両立を考えると、フリーランスの働き方が合っていると感じています。
―ビザの手続きで苦労されたことはありますか?
更新手続きの進捗が読めないことです。書類を提出してから「目安は2週間」と言われても、実際には1か月以上かかることが珍しくありません。今もちょうど更新の書類を出していて、まだ完了していない状況です。仕事をしながらだと準備も後回しになりやすいので、かなり余裕をもって動き始めないと間に合わなくなります。
―生活面でのトラブルや、日本との違いを感じることはありますか?
停電や水漏れは日本より明らかに多いですし、修理業者も時間通りには来ません。「午前中に行く」と言われてそのまま来ない、ということも普通にあります。
私が心がけているのは、時間通りに来ないことを前提にしておくことです。来なかった場合に予定が崩れない組み方をしておけば、ストレスにはなりません。日本の感覚を基準にしてしまうと、多くのことが不満に変わってしまう。違いを違いとして受け入れて、おおらかに構えるマインドは、マレーシアで暮らすうえでかなり大事だと感じています。

Airbnbで借りたコンドミニアムの眺めの良いジャグジープール。
多くのコンドミニアムにはプールが付いていて、親子で時間を過ごすことができる。

「日本は出てくるの早いね」──1年で変わった子どもの視点と、帰国の見通し
―移住して約1年が経ちましたが、お子さんの変化で特に大きかったことは何ですか?
外国人の友達の家に、私抜きで一人で遊びに行けるようになったことです。
最初の1か月はやはり言葉がまったく通じず、泣くこともありました。ただ、友だちのお母さんが「子どもだけで遊びにおいで」と声をかけてくださったんです。本人はおそるおそる出かけていったのですが、帰ってくるなり「すごく楽しかった」と。それからは「明日も行きたい」と通うようになり、英語の環境にも一人で飛び込めるようになりました。
―お子さんの考え方や視点に変化はありましたか?
「マレーシアって〇〇だよね」「日本って〇〇だよね」と、文化の違いを自分の言葉で表現するようになりました。
たとえば、日本に一時帰国した際にスターバックスで注文したところ、スタッフの対応が素早く丁寧で、「日本って出てくるのめっちゃ早いね」と感動していました。
マレーシアのジュース屋さんでは自分たちしかお客がいないのに、スタッフがのんびり仕事をしていて結構待たされることもある。その違いを本人もわかっていて、「やっぱりそうだよな」と納得していたんです。
日本にいたら当たり前すぎて気づかないことを、この年齢で客観的に、相対化して捉えられるようになっている。それは大きな変化だと感じています。
―学校の外で、親子で取り組んでいることはありますか?
親子で空手を習っています。マレーシア人の先生に教わっていて、日本文化に関心を持つ現地の方々と自然に交流できるのがいいところです。
―お子さん自身が現地の暮らしに馴染んできたと感じるエピソードはありますか?
子どもがローカルフードにハマっています。「アッサムラクサ」というマレーシアの麺料理がとても気に入って、「毎週食べたい」というほどです。もともと知らない食べ物を敬遠するタイプだったのですが、少しずつ現地の生活に慣れるなかで好奇心も芽生え、好きなものが見つかった。
ローカルの食事に「自分のお気に入り」ができると、暮らしへのなじみ方がぐっと変わる気がします。

日本のうどんに似た見た目の麺の、アッサムラクサ
―お子さんの日本語力の維持についてはどうされていますか?
今はまだ小学校低学年なので、家庭学習でカバーできている段階です。日本から教科書やワークを取り寄せ、平日はできるだけ毎日、国語の音読と漢字の書き取りに取り組むようにしています。
ただ、低学年だからこそ何とかなっている部分は大きいと思います。もし高学年まで海外で過ごすとなれば、親がフォローする難易度はどんどん上がる気もしています。
―帰国の予定について、どのようにお考えですか?
来年の3月を目処に、日本へ戻る予定です。理由は二つあります。
一つは、円安の影響で費用が当初の想定を大きく超えていること。もう一つは、掃除の時間や自分たちで配膳をする給食、毎日の宿題など日本の学校でしか経験できない習慣を何年か経験させたいと思っていることです。これらは、マレーシアに来てから感じるようになったことですね。
帰国後は地元の公立小学校に通わせるつもりで、帰国子女枠での私立受験は今のところ考えていません。むしろ、日本の公立校での日常をきちんと経験させたいと思っています。
ただ、それで海外や英語から完全に離れてしまうのは避けたい。自分の状況と子どもの意思が合えば、中学生や高校生のタイミングでもう一度海外に出ることも視野に入れています。
―最後に、教育移住を検討されている方へアドバイスをお願いします。
まず、計画通りにいかないのを前提にしておくこと。準備はもちろん大事ですが、現地に行けば想定外のことは必ず起きます。その都度「そういうものか」と受け止めて、楽しむ余白を持っておくほうが、結果的にうまくいくと思います。
もう一つは、考えすぎないこと。私自身、綿密に計画を立てて来たというより、「行ってみたい」という気持ちが先にあって動いたタイプです。「合わなければ、そのとき考え直せばいい」くらいの構え方でいいのではないでしょうか。
完璧に準備してからでないと不安だという気持ちはわかりますが、実際に来てみると、心配していたことの多くは案外なんとかなるものです。少しでも興味があるなら、まず一歩踏み出してみる。そんな選び方もアリではないかと思います。

取材後記
取材を通じて印象的だったのは、田中さんが教育移住にたどり着くまでの道のりが一直線ではなかったことです。フィリピンへの移住はコロナ禍で断念し、数年間は動けない時期が続いた。それでも「いつかまた行きたい」という気持ちを手放さず、2022年の下見を経てマレーシアへの再挑戦に踏み切っています。
予定通りにいかなくても、その都度立て直して次の一歩を踏み出せばいい。田中さんの歩みは、教育移住をもう少し柔らかく捉えてもいいのだとも教えてくれます。「深く考えすぎたら動けない」という言葉は、一度の中断を経験したからこそ出てくる実感かもしれません。
一方で、田中さんの話には軽やかさだけでなく、冷静な判断も同居していました。円安で費用が膨らんだこと、高学年の学習は日本で経験させたいという考えから、来年の帰国を見据えていること。
「完璧な準備はいらない。ただし、引き際は見極める」。その両方を自然体で語れるところに、実際に教育移住の道のりを歩んできた方だからこその説得力がありました。
執筆者プロフィール
塾選ジャーナル編集部です。『塾選ジャーナル』は、日本最大級の塾検索サイト『塾選(ジュクセン)』が提供する、教育・受験に関する総合メディアです。保護者が知っておきたい受験や進路情報をお届けします。
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