受験競争に違和感を覚え家族5人でオランダへ──親も子も変えた「自由と責任」の教育観
周囲のお受験熱に流されるなか、登園前後あわせて4時間ほどを勉強に費やす長男の姿に、亀井美咲さん(仮名)は違和感を覚えていました。「このまま続けたら、息子は勉強そのものを嫌いになるんじゃないか……」
東京・世田谷で暮らし、受験文化のなかで4年間揺れたあと、家族5人で踏み切った教育移住先は、オランダはデン・ハーグ近郊の田舎町。賃貸200件にアプライし、準備が整ったタイミングを見計らって渡航したと振り返ります。
半年が経った今、亀井さんはこう振り返ります。
「変わったのは子ども以上に、親である私自身かもしれません」──自由と責任を大切にするオランダの教育観に触れるなかで、亀井さんのなかから「他の子と比べる」という発想そのものが消えていったのだといいます。家族5人でオランダ教育移住に踏み切るまでの4年と現地での半年を経ての気づき、移住生活のリアルについて伺いました。
編集部
塾選ジャーナル編集部
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目次
【保護者プロフィール】
| お名前 | 亀井 美咲さん(仮名) |
|---|---|
| 年齢 | 36歳 |
| 移住前の居住地 | 東京都世田谷区 |
| 家族構成 | 5人家族(父・母・長男・長女・次女) |
【子どものプロフィール】
| 子どもの名前 | 亀井 蓮、葵、結(仮名) |
|---|---|
| 性別 | 長男・長女・次女 |
| 現在の年齢 | 6歳・5歳・2歳 |
| 性格 | 長男:明るく目立ちたがりだがちょっと空回りタイプ 長女:極度の人見知りだが仲良くなるとかなり積極的 |
【移住の概要】
| 移住先 | オランダ/デン・ハーグ近郊の田舎町 |
|---|---|
| 移住元 | 東京都世田谷区 |
| 移住時期 | 2025年10月〜 |
| 移住形態 | 家族移住 |
| 子どもの年齢(移住当時) | 6歳・4歳・2歳 |
| 学校 | 現地の公立校(長男・長女) |
| 学費 | ほぼ無料(公立の現地校のため) |
| 準備期間 | 約半年(構想は4年前から) |
周囲のお受験熱に飲まれかけた4年、「住みたい国」への移住を決断するまで

―まずは、教育移住を考え始めたきっかけから教えてください。
世田谷で子育てをするなかで、 「お受験」を当然とする空気に触れたことがきっかけでした。長男が幼稚園受験を意識し始めた頃です。
私自身はずっと公立育ちで、「幼い頃から受験する」という選択にあまりピンと来ていなかったんです。ただ、当時暮らしていた世田谷は教育熱心なご家庭が本当に多くて、自然と「自分たちもそういう道を」と考えるようになりました。
その後幼稚園を決める際に、「海外で育てる選択肢もあるよね」という会話が夫婦の間で初めて出てきて。2021年の年末年始に、お試しで1か月ほどオランダに滞在したんです。そのまますぐに移住も考えたのですが、ちょうどその時期に3人目の妊娠がわかって。精神的にも「海外で育てる」という具体像が描けなくなり、その時はいったん見送りました。
最終的には、お受験を強く意識するわけではない雰囲気の幼稚園に長男を通わせることにしました。
―そこから、改めて教育移住に舵を切られた経緯を教えてください。
長男が幼稚園に通い始めたあと、周囲のお受験熱に流されて小学校受験の教室に通うようになりました。それをきっかけに、長男の生活は朝5時に起きて登園前に2時間ほど勉強、帰宅後も寝る前に2時間ほど勉強という、まるで受験生のようなスケジュールになっていきました。
移住の決定打になったのは「 この生活を続けたら、息子は勉強そのものを嫌いになってしまうのではないか」と感じた瞬間です。長男にとって勉強はもともと、ブロックやパズルや外遊びと並ぶ「やりたいことの一つ」だったはず。なのに、いつの間にか「やらされるもの」に変わっていたんです。その違和感を覚えてから、「いまの環境のなかで無理に頑張るのではなく、環境ごと変えたほうが子育てがうまくいくかもしれない」と考えるようになり、移住に踏み切ろうと決めました。
―移住先として、どのような候補が挙がっていましたか?
候補はいくつかありました。まず、 自然のなかでの遊びや学びを大事にしたいという想いから、「風越学園」や「こどもの村」のような自由教育を掲げる国内の学校。次に、 価格的にも現実的という意味で、マレーシアやシンガポールといったアジアの学校。最後に、教育観の違いを軸に置くなら外せない選択肢として、ヨーロッパやアメリカなどの学校。性質の違うこれらを比較しながら、検討を進めていきました。
―最終的にオランダを選んだ決め手はどこにあったのでしょうか?
一つ目は、親自身も楽しめると思えたこと。子どもに「いい教育を」と頑張っても、親が楽しくなければ、それが子どもに伝播してしまう。その結果、子どもも窮屈に感じながら過ごしてしまうと考えました。実は結婚直前に世界旅行をしたのですが、そのときに「2人でいつか住みたい」と一致したのがオランダだったんです。その経験があったので、オランダなら楽しく過ごせると確信できました。
二つ目は、オランダ特有の教育観です。「自由と責任」が抱き合わせで、自分で考えて行動し、そこから学ぶ。「ダメ」「やめなさい」をあまり言わない教育だと、調べていくなかで感じていました。自分の頭で考え、自分で選び、その結果に責任を持つ──これは大人になっても求められる力です。私自身、そうした力を十分に身につけてこられなかったという自覚もあったので、子どもには小さいうちから、それを学べる環境のなかで育ってほしいと考えました。
三つ目は、ビザの取りやすさです。ヨーロッパへの移住はビザがネックになる場合が少なくありません。一方で、オランダは日本人にとって、他のヨーロッパの国と比べてビザがとても取りやすい選択肢の一つです。手続きをスムーズに進められる想像ができた点も、オランダに決める要因になりました。

賃貸200件アプライ、ビザ申請は2か月前から──情報の少なさを人脈で埋めた準備

―学校選びはどのように進められましたか?
最終的に選んだのは現地校です。オランダは国民の9割が英語を話せるとも言われており、英語を学ぶ環境はどこへ行っても整っている。
一方で、インターナショナルスクールは移民家庭の割合が高く、いわば「世界共通のインター教育」という印象がありました。せっかくオランダで暮らすのなら、オランダ人の価値観や教育観のなかで子どもに育ってほしい。そう考えて、現地校を選びました。
とはいえ、日本からの移住者はインターに通う割合が圧倒的に高くて。現地校に通う日本人移住者の話には、SNSなどからはほとんどたどり着けなかったんです。
そこで頼りにしたのが、4年前の「お試し滞在」のときにつくった人脈でした。日本人がたくさん住んでいるエリアの日本食スーパーに足を運び、お店の人にも、買い物に来ているお客さんにも、本当に片っ端から「どこの学校に行かせていますか?」と声をかけていったんです。
そこから「お茶しましょう」と言ってくださる方が出てきたり、連絡先を交換してオンラインで相談に乗ってくださる方がいたり。少しずつ広がった輪のなかから、現地校に通わせている保護者の方とも知り合い、お話を聞くことができました。
―情報を集めながら、学校はどのような軸で絞り込んでいったのでしょうか?
最終的には、「移民向けのオランダ語サポートクラスがあるかどうか」を最も重視して選びました。オランダは自治体ごとに教育制度が大きく異なり、住む場所で受けられる教育も変わります。住むエリアを先に決められなかった私たちは、オランダ全国の学校を口コミサイトなどから見て、実際に見学にも足を運びながら絞り込んでいきました。

学校帰り、毎日のように遊ぶ近所の公園。現地校の友達と、思いきり体を動かしながら過ごす時間が日課になっている。
―住むエリアはどのように決められたのでしょうか?
「住める家が見つかった場所」が結果的に移住先のエリアになった、という流れでした。現地の不動産サイトを通じて200件ほど申し込んで、たまたま借りられた家のあるエリアが、いま住んでいる場所です。
オランダは住宅供給がとても逼迫していて、賃貸そのものが少ない。それもあり、返事が返ってきたのは30件くらいでした。ただ、返事といってもほぼ自動メール。そこから所得や仕事の情報を提出するのですが、移民でオランダの仕事も決まっていない時点で、大半からは断られてしまいました。最終的にやり取りまでこぎ着けたのは200件のうち数件程度でしたね。
工夫したのは、バーチャルツアーまで進めた物件については、オーナー向けにA4一枚の家族紹介資料を作成して送っていたことです。両親の簡単な経歴、家族全員のプロフィール、家族写真などをまとめ、「どういう家族なのか」が伝わるように構成しました。移民で仕事も未確定の状態だったので、少しでも安心材料になればと思って準備していたものです。
結果として、なかには日本人であることがメリットになる場合もあって。「日本人はきれいに使ってくれる」という印象を持っているオランダ人の大家さんもいらっしゃるんです。夫が単身でオランダに飛び、現地で内見をしてその場で契約を決めたのが、渡航の2か月ほど前のことでした。
今の家があるのは、デン・ハーグ近郊の田舎町です。いわゆるベッドタウンで、安全で公園もとても多く、家族世帯もたくさん暮らしている。実際に生活するなかで、子育てには本当に最適なエリアだと感じています。
―ビザはどのように取得されたのでしょうか?
申請を始めたのは、渡航の約2か月前でした。一般的にビザの取得には半年から1年前に動き始める方が多いと思うので、わが家は比較的短い準備期間で進めたほうだと思います。
助けられたのは、オランダ特有の柔軟な仕組みでした。通常、移住に必要なビザは、申請から発給までを渡航前に完了させておくのが基本です。一方で、オランダの場合は申請を受け付けてもらえれば、ビザの正式な発行を待たずに渡航できる仕組みがあるんです。日本人はシェンゲン協定(※)で短期滞在ができるので、その間にビザが下りる流れですね。「渡航日を固定して急ぐ」よりも、「準備の整い具合に応じて動きたい」家族にとって、本当にありがたい制度でした。
※シェンゲン協定:ヨーロッパの加盟国間で出入国審査なしに国境を越えられるルールのこと。 一度シェンゲン圏内に入れば、加盟国間の移動が国内移動のようにスムーズになる。
―語学の準備はどのように進められましたか?
実は、ほとんどしていなかったんです。子どもについては、渡航の半年前から週に1回教室に通わせていたことと、YouTubeやテレビ番組を渡航の1年ほど前から見せるようにしていたこと。やっていたのは、その二つくらいです。
私たち夫婦はというと、私自身が2年ほどアメリカに留学していた経験があって日常英会話レベル。加えて、夫もアメリカに2年駐在していた経験がありました。とはいえ、ネイティブとはまったく違うレベルですし、オランダ語に至ってはお互いゼロからのスタート。
決して「語学が得意な家庭」としてオランダに渡ったわけではないんです。それでも、なんとかなるだろうと思って踏み出したのが正直なところでした。そして実際、「来てしまえばなんとかなった」というのが本音です。

生活費は月100万円、現地校は無料──家族5人、オランダ暮らしの家計と日常

―オランダでの実際の生活費は、どのくらいかかっているのでしょうか?
オランダでの純粋な生活費は、月100万円ほどです。月々の支出は150万円ほどなのですが、その内訳には日本側に残してきた固定費が含まれていて。日本の家のローンや、置いてきた車の保険などが約50万円分あります。それを除けば、月に約100万円というのが実態です。
100万円のうち、半分ほどを占めているのが家賃で月50万円ほどです。この水準はわが家が特別というよりも、オランダの住宅事情そのものの反映だと感じています。賃貸住宅の母数が少ないので、家賃も高止まりしている。
それから、郊外を中心に広い家が多い国でもあるんです。オランダは娯楽の選択肢が日本ほど多くない分、家のなかを充実させて、家で過ごす時間を豊かにする文化が根づいているようで。いわゆるメゾネットのような横続きの一軒家タイプも多く、我が家も結果的にこの家賃帯に落ち着きました。

デン・ハーグ近郊の田舎町の風景。大きな木が多く、秋になると大量の落ち葉が街を埋め尽くす。自然がとても身近な環境。
―家賃以外の生活費は、どのように感じていらっしゃいますか?
物価も給料も、ほぼ「日本の倍」という感覚です。給与水準が高いぶん、それに合わせて支出側も膨らむ。家賃を引いた月50万円ほどで生活している計算ですが、額面ほどの余裕は感じません。
一方で、現地校の学費がほぼ無料なのは助かっています。ビザを持って住民登録すれば、基本的に公立校に通うことができて、サマーキャンプなどの特別費用を除けばお金も特にかかりません。コスト面でも、現地の公立校を選ぶ理由は大きいと感じています。
―お仕事はどのように続けられているのでしょうか?
夫は日本のクライアントとリモートで仕事を続けながら、月に1度は日本に帰国しています。私はフリーランスビザで滞在しているので、いまは日本の仕事をリモートで細々と続けつつ、ビザを維持するためにオランダでの仕事も立ち上げる準備を進めているところです。
―日本との時差があるなかで、暮らしのリズムはどのように作られていますか?
日本との時差が7〜8時間なので、結果的に19時就寝・夜中起きの生活になりました。日本時間の朝9時ミーティングは、こちらでは夜中の2〜3時から始まる計算なので、それに合わせて早く寝るしかないんです。
ほかにも、夏は夜9時を過ぎても日が沈まずに明るいこと、雨が多いこと。気候や生活時間の差は、慣れるまでが少し大変でした。

「変わったのは、子どもより私」──オランダの教育に触れて、家族に起きた半年の変化

―渡航直後、お子さんはどのような様子でしたか?
最初の2週間は、本当に大変そうでした。英語もオランダ語もまったく話せない状態で渡航したので、周りの子どもたちが何を言っているのかまったくわからない。「自分の伝えたいことが伝えられない」というストレスが溜まっているのも、はっきりと感じられました。
ただ、なじむのは思ったより早かったんです。大きく助けられたのは、現地の子どもたちの“素朴さ”でした。裏表がなくて、「こう振る舞ったほうが得だ」と計算するような気配がない。文字通り、のびのびと育っている印象の子どもが多いんです。
加えて、“タイミング”にも恵まれました。最初の2週間の通学が終わり、ちょうど1か月半の冬休みに入ったんです。 慣れない環境で抱えていた緊張感が、長い休みのなかでいったんほぐれたようでした。1月に学校が再開してからは、それまでより楽しそうに通えていて、少しホッとしたのを覚えています。
―息子さんの英語やオランダ語は、いまはどのような状態でしょうか?
英語は日常会話を交わせるレベル、オランダ語も簡単な内容なら理解して、自分でも少し話せるようになっています。いちばん驚いたのは、その変化のスピードでした。日本にいたときもインプットの量はそれなりにあったはずなのに、口から出てくるまでは至らないという感覚で。
ところが、オランダに来てしばらくすると、自然と口から英語が出てくるようになったんです。親が英語で話す場面を毎日のように見聞きするうちに、自然と本人たちのなかでスイッチが入ったのだと思います。

毎日のように設けられている工作の時間。自由に作品づくりを楽しむ長女の様子。
―日本との違いで、教育面で特に強く感じられる部分はどこでしょうか?
まずあるのが、学校における“枠組み”の違いです。オランダの小学校は4歳から12歳までの8年制で、最初の2年間にあたる「グループ1」「グループ2」が、日本の幼稚園の年中・年長に近い位置づけになっています。本格的な勉強が始まるのは6歳からの「グループ3」。
面白いと感じたのは、長男・長女が通う学校では、その手前の「グループ1」「グループ2」が、4歳から6歳までの子どもたちが同じ教室で過ごす、いわゆる縦割りのクラスになっていることです。
年上の子が自然に年下の子をサポートする様子があって、日本でイメージしやすく言えば、モンテッソーリ教育に近い空気感を持っています。
最初は「学年が違う子たちと一緒のクラスで、ちゃんと授業として成り立つのかな」と少し心配していました。でも実際に通ってみると、年上の子が年下の子の世話を自然に焼く様子が見えて。下の子は上の子を見て学び、上の子は教える側として責任を持つ。両方にとって、自分で考えて動く良いきっかけになっているんです。日本ではあまり見られない光景に感じています。
ただ、これはあくまでうちの学校の特徴で、オランダのすべての学校が同じというわけではありません。一方で、オランダ全体としてはモンテッソーリ、シュタイナー、ダルトンといったオルタナティブ教育がかなり浸透していて、「子ども自身が選択する」「自由度が高い」「やらされるより主体性を重視する」といった教育観は、学校を問わず広く根付いているように感じます。
もう一つ、子どもに与えられる“自由度”にも違いを感じています。「これをしましょう、次はこれをしましょう」というような細かい指示が驚くほど少なくて、子どもが自由に過ごせる時間が多いんです。学習時間の過ごし方を自分で選べたり、“お仕事”的な感覚で取り組む時間があったり。特定の教育法に特化していないうちの学校でも、こうした空気感はしっかり感じられます。
もちろん比較対象によるので、単純に「日本とオランダ」という比べ方はできません。そのうえで、私が経験したり、見たりしてきた基準で言えば、オランダの教育にはより子どもの“自由度”を重視する側面があると、今のところは感じています。
―印象に残っている授業はありますか?
「国際週間」でメキシコについて学ぶ単元です。各クラスがオランダ以外の国を一つずつ選び、深く学ぶというイベントで、長男のクラスはメキシコでした。
驚いたのは、本当に深いところまで学ぶこと。メキシコの文化について、ペラペラと話せるくらいに毎日深く取り組んでいくんです。それを10日間ほどにわたって続けていく。日本にも国際的なテーマを扱う時間はあると思うのですが、2、3時間で簡単に終わるイメージがありました。「浅く広く」というよりは「一つを深く」学ぶ。これも単純比較はできないものの、日本とは異なるオランダの教育ならではの特徴なのかなと感じています。

国際週間の授業で、メキシコの文化や言葉を学びながら、音楽に合わせて踊る子どもたち。
―移住から半年以上を経て、お子さんに見えた変化のなかで、特に印象的なことを教えてください。
子どもたちがストレスをためず、より自由に過ごせるようになりました。これは子どもと同じくらい、あるいはそれ以上に、親である私自身が変わったことが影響しているかもしれません。
何が変わったかというと、私のなかから「比較対象」がなくなったんです。オランダでは、国籍も年齢もバラバラの子どもたちが教室に並んでいる。それもあり、日本にいた頃に比べて共通の物差しがないので、比較しようと思ってもできません。
そうやって私のなかから、「ほかの子と違うんじゃないか」という心配が薄れていきました。子どもたちもそれを感じ取ったのか、よりのびのび過ごすようになった気がします
「これはおかしい」「これは変だ」という言葉が私の口から減って、代わりに「こういう子もいるよね」と自然に出てくるようになったのも、影響しているかもしれません。
―ここまでは半年を通じての変化のお話を伺ってきましたが、反対に、いま気になっていることや不安はありますか?
いちばんは日本語、特に漢字です。今後、家族で日本に戻る可能性も視野に入れると、ここをどう維持していくかは大きなテーマの一つです。対策として、漢字ドリルやそろばん、日本のワークブックを開く時間を日常のなかで作るようにしています。本人もいまのところ嫌がる様子はないので、しばらくはこのかたちで続けていくつもりです。
―日本での暮らしと比べて、家族の関係性そのものに変化はありましたか?
家族の絆がすごく強まったと感じています。
生活上の困りごとも、言葉の壁も、家族みんなで一緒に乗り越えていく場面が日々たくさんあって、自然と家族のなかで「チームで暮らしている」ような感覚が芽生えていきました。これは移住前から期待していた変化の一つで、実際にその通りになったかたちです。
ただ、暮らし始めてから気づいたのは、オランダは「家族だけで頑張る」というより、「地域全体で子どもを育てる」感覚に近いということでした。最初は知り合いが誰もいない状態で渡航しましたが、いまでは周りの方々が本当に自然に助けてくれていて。子どものお下がりをくださったり、困っていると声をかけてくれたり、子どもを地域みんなで見守ってくれたり。「周囲の大人も一緒に子育てしてくれている」ような安心感が、日常的にあります。
東京で暮らしていた頃と比べると、コミュニティとの距離感がかなり違うと感じます。家族の絆も深まりつつ、地域コミュニティにも自然に支えられている──そんな環境のなかで子育てができているのは、移住して得られたものの一つです。
―最後に、これから教育移住を検討されているご家族へメッセージをお願いします。
まず大切なのは「わが家にとって何が大事か」を、移住を検討し始めた段階で言語化しておくことだと思います。SNSなどで情報を見ていると、本当にいろいろな選択肢が目に入ってくる。それを見て、私も自分たちの軸が揺らいだり、本質を見失いかけたりした経験があります。
そのうえで、他人の成功例をそのままなぞるよりも、自分たちにとっての優先順位が大切だと、実際に移住した今は感じています。なので、まずはその整理から進めてみることをおすすめしたいです。
もう一つ、親自身も「楽しめるかどうか」を判断軸に入れるのも、すごく大切だと感じています。教育移住となると、どうしても「子どもにとってどうか」が中心になります。もちろんそれも重要ですが、親が楽しくなければ、結局それは子どもにも伝わってしまうんです。
「親が幸せに過ごせる場所か」「自分たちが住んでみたいと思える国か」という問いと向き合うことで、選択肢や優先順位も変わっていき、家族全員にとってより幸せな教育移住につながっていくと思います。

取材後記
取材を通じて印象に残ったのは、亀井さんが繰り返し口にした「親自身が楽しめる環境」という言葉でした。周囲のお受験熱に流される中で違和感を覚えたとき、亀井さんは「子どもをどう変えるか」ではなく「環境そのものを変える」という方向へ向かいました。問題を子どもの側ではなく、置かれた状況のなかに見出したことが、家族全員で踏み出す決断につながったのだと思います。
そして半年後、「変わったのは子どもよりも私自身だった」と振り返ります。比較できる相手がいない環境で、「ほかの子と違うんじゃないか」という心配が薄れ、口から出る言葉も変わっていった。子どもがのびのびと過ごすようになった起点には、親自身の変化があったのです。教育移住は子どものためのはずが、親もまた変化の当事者になる——亀井さんの半年が、そう教えてくれました。
執筆者プロフィール
塾選ジャーナル編集部です。『塾選ジャーナル』は、日本最大級の塾検索サイト『塾選(ジュクセン)』が提供する、教育・受験に関する総合メディアです。保護者が知っておきたい受験や進路情報をお届けします。
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