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「子どもらしくいられる場所」を求めて小豆島に教育移住。10歳を過ぎた頃に感じた離島のリアル

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「この子は一体、どこで子どもらしくなるんだろう」。

愛知県の幹線道路沿いのマンションで、幼いわが子を育てていた青山さん(仮名)はある日、そう強く感じました。自分が子どもの頃に遊んだ公園や空き地は、マンションや駐車場に変わっていく。その変化に気づいたとき、一家は夫婦ともに好きだった瀬戸内の島への移住を考え始めます。

移住後、子どもたちは地域に見守られ、「生き抜く力」も身につけました。一方で、子どもが10歳を過ぎて見えてきた「誤算」もあるといいます。国内・離島への教育移住のリアルについて伺いました。

塾選ジャーナル編集部

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目次

【保護者プロフィール】

お名前 青山 深雪(仮名)
年齢 40代
移住前の居住地 愛知県名古屋市
家族構成 4人家族(父・母・子ども)

【移住の概要】

移住先 香川県・小豆島
移住時期 10年前
移住形態 家族での移住
学校 公立子ども園、公立小中学校
生活費 月35~40万円程度
準備期間 約半年

「どこで子どもらしくなるんだろう」──名古屋の子育てに感じた限界

―移住を意識し始めた当時は、名古屋でどんな暮らしをされていたのですか?

幹線道路沿いのマンションに住んでいました。実はそこは、私自身が育った学区でもあるんです。ただ、自分たちが子どもの頃に遊んだ公園や空き地、山のような場所は、マンションや駐車場に変わってなくなっていました。

長男はまだ幼く、数少ない公園はマンション群の中にある。その公園は、夕方には小学生であふれて、一人あたり1平米くらいしかないような状態です。ある時、「この子は一体、どこで子どもらしくなるんだろう」とがく然としました。それで、住む場所そのものを変えようと考え始めたんです。

―移住先は、どのように探したのですか?

夫婦ともに瀬戸内が好きだったので、最初から瀬戸内で探し始めました。検討したのは山口・広島・岡山・愛媛・香川の5か所です。いま思えば、名古屋の中にも子育てしやすい場所はいくらでもあったのに、ここまで動いてしまったなとは思いますが(笑)。

―都会から離島へ。不安はありませんでしたか?

実は、不安はありませんでした。「うまくいくやろ」くらいの気持ちでしたね。当時は私自身もまだ若くて、自分のキャリアについてもあまり真剣に考えていなかったんだと思います。今だったら、もう少しいろいろなことを総合的に考えられた気がします。

船から見た小豆島の風景

船から見た小豆島の風景(写真:本人提供)

移住を考え始めたときのポイント

船から見た島に“ひとめぼれ”──半年で駆け抜けた移住準備

―5か所の候補から、小豆島に決めた理由は何でしたか?

結局は「ひとめぼれ」だったと思います。いろいろな場所を条件で比較しようとしたのですが、ある程度自然が豊かな場所は、どこも似てきてしまうんです。その中で、船の中から見る島の姿だけは、まったく違って見えました

―気持ちの面だけでなく、現実面ではどう折り合いをつけましたか?

当時はミクシィやフェイスブックが出始めた頃で、小豆島はブログで発信している移住者が多い島でした。この世代の人たちがこれだけ発信しているなら、向こう10年、20年、自分の子育てが終わるまでは大丈夫だろうと思えたんです。

加えて、スーパーも病院もあり、高校まで島内にある。高松へも高速艇で30分ほどで行けます。それらの情報やライフラインへの安心感が、現実との折り合いにつながりました。

―移住を決めてから実際に移るまでは、半年ほどだったそうですね。

はい。わが家の場合は、夫が先に島で仕事や住まいを探し、決まったところに私たちがついていく形でした。当時は移住ブームが起こる前で物件自体が少なく、不動産屋さんに行ってもマンションを紹介されるような状況で

一方で、私たちとしては一軒家の暮らしに憧れての移住でもあったので、なんとか一軒家を借りて暮らしをスタートさせました。

―移住準備で、最も大変だったことは何でしたか?

移住に関して家族の理解を得ることです。最終的には、いろいろ言われながらも押し切る形で移住しました。

移住先選びと準備のポイント

見守られる幸せと、筒抜けの息苦しさ──島暮らしのリアル

―実際に暮らし始めてみて、気づかされたことはありますか?

さまざまありますが、私の場合は特に「虫の問題」、そして「人の問題」は大きいです。まず虫は本当に大変で、ムカデには何回噛まれたか分かりません。クモも大きいし、これは今でも嫌ですね。

人については、良く言えば、知った顔の中で地域に見守られながら子どもを育てられる幸せがあります。悪く言えば、何でも筒抜けです。「車が何日かなかったけど、どこに行ってたの?」と聞かれるようなことは、正直しんどく感じていた時もあります。

―その息苦しさとは、どう折り合いをつけてきたのですか?

移住からしばらく経ったあたりから、何を言われても気にならなくなりました。それまでは人の目を結構気にしていたんです。「誰々がこう言っていた」というような話も。でも今は、自分にとって大事ではない人の言葉なら「ふーん」と受け流せるようになりました。

―ほかにも、暮らしてみて初めてわかったことはありますか?

地域の「マイルール」の多さです。外から来た人にはわかりにくいルールが、たくさんありました。

たとえば、わが家は下水道がないので、浄化槽を使っています。浄化槽は、家庭から出る汚水を各家庭できれいに処理してから流す設備です。ただ、処理した後のきれいな水であっても、それが田んぼに入るのを嫌がられることがあります。都市部と違って、生活排水を流す側溝と、田んぼに水を引く用水路とが、きちんと分かれていないからです。

今の家を建てる時は、近隣とうまくやるために、排水を直接川へ流すパイプを道路に埋め込む工事をしました 。法的には必要のない工事ですが、この辺りでは割とよく行われていることのようです。下水道がない環境で育っていない自分には、想像していなかった世界でした。

―生活コストはどうでしょう。「田舎暮らしはお金がかからない」というイメージもありますが。

わが家は逆で、名古屋にいた頃より月10万円ほど多くかかっています。輸送コストが乗るので、スーパーの価格は都市部でいう高価格帯のスーパー並みです。名古屋では車を持っていなかったので、車の維持費も新たにかかるようになりました。バスは1日5便ほどしかないので、車なしでは生活できません。

水道代も、最初の請求を見たときは水漏れかと思ったほどです。後から調べたら、名古屋の水道代が全国的に見ても安かったようなのですが。地の魚を自分でさばくような暮らし方なら安く済むのかもしれません。ただ、少なくともわが家にとって「田舎暮らし=低コスト」ではないというのが実感としてあります

島内から見た瀬戸内海の風景

島内から見た瀬戸内海の景色(写真:本人提供)

島暮らしのリアルのポイント

手厚い学校と「生き抜く力」、そして10歳からの誤算

―教育環境としての小豆島は、どのように感じていますか?

一言でいうと「手厚い」です。自分が育った名古屋の小中学校と比べると、1人あたりの運動場の面積は7倍くらいあります。子どもが少ないからこそなのですが、クラスに補助の先生がつくこともあって、目が行き届いている感じもある。学校は統合を機に校舎も新しくなっており、広いのも良さの一つです。

教育の中身の面では、自然体験が多いのはやはり特徴かもしれません。玉ねぎを植えたり、田植えをしたり、醤油工場を見学したり。また、総合的な学習の時間では一年を通して島のことを学ぶので、子どもたちは島のことにめちゃくちゃ詳しいです。地域の大人が本当に協力してくれるので、大切にされている感じの中で育つことができていると思います。

―お子さんたちには、どんな変化がありましたか?

長男は幼い頃に島へ来て、下の子は島で生まれているので厳密な比較は難しいです。そのうえで、印象的なのは、危険を自分で判断するようになったことかもしれません。

たとえば、名古屋にいた頃は、私がどこもかしこも「危ない、危ない」と言っていました。島に来てからは、長男が幼いながらに、車通りの多い道路と田んぼの中の道を自分で見分けて、「ここは危険」「ここは大丈夫」と判断するようになったんです。都会にいたら生まれなかった感覚だと思います。

―事前アンケートでは、伸びた力として「生き抜く力」を挙げられていました。

「強くなったな」という印象です。

たとえば、私が家にいない夜に停電が起きたことがありました。わが家はオール電化なのですが、子どもたちはガスコンロを外に出してお湯を沸かし、スマホのライトの上に2リットルのペットボトルを置いてランタン代わりにして、カップラーメンを食べていたそうです。

雨の日の登下校も、周りはおじいちゃんおばあちゃんが送迎してくれる家が多いなか、うちは私が行けないときは距離があっても、自分たちで歩いて帰ってきます。人に頼ることに躊躇がないのも特徴で、よく人に甘えられる子たちです。それが島の環境のおかげなのか、周りの家庭と違って祖父母が近くにいないからなのか、因果はなかなか切り分けられませんが、子どもたちの成長を感じています。

―一方で、子育ての面で実際に暮らしてから直面した壁や苦労などはありますか?

のびのび育てるという意味では、10歳ぐらいまでは本当に良かったのですが、それ以降はいくつか誤算がありました

たとえば、私は名古屋で育っているので、テスト前に勉強するようなことは当たり前だと思っていました。でも、その「当たり前」がここでは当たり前ではなくて。島に高校は一つしかなく、中学3年になっても、学年全体が受験勉強をする雰囲気にならないこともあります。

それを踏まえると、東京の教育意識の高い家庭が幼稚園や小学校低学年のうちに移住して、低学年のうちに都会へ戻るというパターンは、教育的な観点からはとても理にかなっていると思います。

―学習面での選択肢の少なさは、どう補っているのですか?

塾やオンラインでの学習を組み合わせています。島内の塾のほか、高松の塾や習い事に通っている子もいます。高松までは、港の近くからでも車で往復3時間ほどかかります。

そこまでする家庭は少ないのですが、私自身が「のびのび自然遊びはもう十分。ここからはもう少し学力を上げたい」と思っている部分もあって。ただ、この環境から大学入試で都会の「ガチ勢」と戦うのは、なかなか大変だろうなとも感じています。

―島の子どもたちの進路には、どんな傾向がありますか?

港に近い中学校か、遠い中学校かで違います。港から遠い中学からはほぼ島内の高校へ進みますが、港に近い中学からは、多い年で3〜4割が高松の高校に出ます。高校を卒業すると9割ほどが進学し、ほとんどの子が島を出ますね。

面白いのは島の高校で、国公立大学・有名私立大学や医学部に進む層から就職する子までが、同じ学年にいるんです。偏差値で輪切りにされない、中学の延長線上のような空気は、都会と違うところだと思います。

島の教育環境のポイント

「のびのび」の、その先を決めておく──移住を経て伝えたいこと

―小豆島で暮らし続けて、ご自身の価値観に変化はありましたか?

子どもの選ぶ道を尊重してバックアップしたい、という気持ちが強くなりました。私は典型的な「教育の家」で育ったので、いい高校に行って、いい大学に行って、いい就職をする、という道しか見えていなかったんです。

でもここで暮らしていると、地域の中でいろいろな社会的役割を担いながら生きていく幸せもあるし、金銭的な成功がすべてではないと感じる場面もある。いろいろな価値観があっていいと思えるようになったのは、自分にとって大きな変化の一つですね。子どもたちも、進路を自由に考えられている気がします

―どんな家庭が島への移住に向いている、あるいは向いていないと感じますか?

うまくいかない人には、はっきりとした特徴があります。

まず、地元の文化や行事をリスペクトできない人。島には祭りなどの行事がたくさんありますが、それに文句ばかり言ったり、「だからここはダメなんだ」と上から目線で語ったりするタイプは、だいたい1年ぐらいでいなくなります。

次に収入面。島の収入水準は都市部より低めなので、共働きを当たり前と思えるか、手に職を持って来られるか。そして、都市部で人間関係がうまくいかなくて来るタイプは、こちらのほうがむしろ人間関係は濃いので、より難しい可能性もあると思います。子どもの性格というより、まず親次第です

逆にうまくいっている人は「いい友達」をつくっている印象があります。合わない人間関係に過度に巻き込まれず、いい友達と楽しく過ごせている人たちですね。

―最後に、「自然の中で子育てしたい」と教育移住を考えている家庭へ伝えたいことはありますか?

「自然の中でのびのび」の、その先をどう育てたいのかを決めてから、場所を選ぶといいと思います。特にきょうだいがいると、一人ひとりに最適なタイミングで毎回動くことはできません。ある子にとっていい時期の引っ越しが、別の子には悪い時期になる可能性もある。

だからこそ、たとえば都市の学校に通える範囲の田舎のような、田舎と都会の両方のメリットを享受できる場所こそ「あり」なんじゃないかと今になって思うんです。そうした方法も含め、とにかく選択肢を一つでも多く並べて、冷静に検討することも大切だと感じています。

島への移住を考える過程へのポイント

取材後記

海外への移住が続いた本連載で、今回は国内・離島という選択をした家庭を取材しました。

印象的だったのは、島の暮らしを美化も卑下もしない、教育移住に対する冷静な振り返りです。「ひとめぼれ」で始まった移住から、筒抜けの人間関係や月10万円増の生活費といった現実的な問題とも折り合いをつけながら、青山さんは島での子育てを継続してきました。

取材を通して伝わってきたのは、地域に見守られて育つ子どもたちへの確かな手応えです。それと同時に、青山さんが語った「のびのびの、その先をどう育てたいかを決めてから場所を選ぶ」という言葉には、実際に移住して暮らし続けてきたからこその重みもありました。

これから自然の中での子育てを考える家庭にとって、今回の取材内容が道しるべの一つになるのではないでしょうか。

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